混沌極まる
初夏の日差しが強いある日。
桜が丘高校の第一会議室は、再び“戦場”と化していた。
「野球部はオーストラリア合宿を絶対に実現する!!」
「吹奏楽部は全員分の金色の楽器が必要だ!!」
「ワンダーフォーゲル部は北米横断登山に挑戦するぞ!!」
誰も譲らない。
むしろ、主張はエスカレートしていた。
前回の会議が収拾不能のまま中断し、間に中間テストを挟んだにもかかわらず——何も改善されていなかった。
いや、むしろ悪化している。
(……これ、終わるのか?)
生徒会会計補佐の俺、皇岳人は、生徒会席からその光景をぼんやりと眺めていた。
各部活が「自分たちこそ正当!」と声を張り上げ、会議は泥沼化の一途をたどっている。
そんな中、すぐそこに迫った運動会の準備も、当然遅れまくっていた。
結局、二回目の会議もまとまらなかった。
そして、会議終了後の生徒会室は、それこそ地獄だった。
「……っ!!もう無理ですぅぅぅ!!」
会計の宮前咲が、机に突っ伏して泣き出していた。
小柄な身体を震わせながら、涙目で書類にすがりつく。
「こんなの、どう計算しても予算が崩壊しますぅ……!部活の皆さん、現実を見てくださいぃぃよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
その隣で、副会長の錦野は机に両肘をつき、薔薇を指先でくるくると回している。
「麗しき薔薇の香りと共に、私は考える……この狂乱をいかに鎮めるべきか……。」
意味不明なポエムをつぶやきながらも、目の下にはクマができていた。
書記のアンドーは黙々と卵をかじりながら、「オレ、オマエ、ソレ……」と謎の単語をメモし続けている。
どうやら精神がどこかに旅立ったらしい。
その中で、生徒会長・小早川雪乃は、ぐったりと椅子に沈み込んでいた。
「……なんなの、これ……。」
彼女は、遠い目をして天井を見上げた。
生徒会は、ただの学生自治組織のはずだった。
それが今は、まるで倒産寸前の企業みたいな修羅場。
「……もう私、生徒会長辞めたい。」
心からの呟きだった。
その時、ガチャッとドアが開いた。
「お前ら、また頭抱えてんのか。」
入ってきたのは、俺——皇岳人だった。
雪乃は俺を見るなり、ぱっと立ち上がる。
その目は、まるで砂漠でオアシスを見つけた旅人のようだった。
「岳人くん……!」
「……お前、今めっちゃ『助けて』って顔してんぞ。」
呆れながらも近づくと、雪乃はため息をつきながら椅子に座り直した。
「ねぇ、岳人くん。生徒会長、変わってくれない?」
「いきなり辞職すんな。」
「……いっそ、この予算全部、運動会に突っ込んじゃおうかしら。」
「無茶すんな。」
俺が苦笑すると、雪乃は机に突っ伏してまた呻いた。
そして、三度目の部活動予算会議。
ここで、事態はさらに悪化した。
部長・副部長だけではなく、各部が部員を大勢引き連れてきたのだ。
数で圧力をかけようという、前代未聞の暴挙。
第一会議室は、もはや立ち見すら出る満員状態。
「おいおい、まじかよ……」
生徒会席からその光景を見た俺は、思わず頭を抱えた。
(何の会議だよこれ。暴動でも起きるぞ……)
ざわざわと騒がしい空間の中、ふと視線を巡らせると——
見覚えのある姿があった。
陸上部の代表の後ろに、沙羅がいた。
目が合う。
沙羅は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに険しい表情になった。
そして、ズカズカとこちらに向かって歩いてくる。
「岳人!!」
「……なんだよ」
「きみ、生徒会の手先になったんだって?」
「……いや、違う。」
即答すると、沙羅はさらに食い下がる。
「だったら、陸上部の言うことも聞いてよ!なんで野球部とか吹奏楽部とか、あんなめちゃくちゃな意見を検討するの!?」
「俺のせいじゃねぇよ。」
「でも、生徒会室に入り浸ってるじゃん!!雪乃先輩と一緒に!!」
必死な沙羅の声に、俺はため息をつく。
「……お前までそんなこと言うのか。」
「だって……!」
沙羅はぐっと唇を噛み、悔しそうに顔を歪めた。
(……この感じ、久しぶりだな。)
昔から、沙羅は普段は明るいくせに、本当に譲れないことになると途端に負けず嫌いが顔を出す。
そんな沙羅を、陸上部の朝比奈先輩が「はいはい」となだめながら、席へと引っ張っていった。
だが、会議はさらに泥沼化していった。
野球部は「オーストラリア合宿」、吹奏楽部は「金色楽器」、ワンダーフォーゲル部は「北米横断」、テニス部は「海外選手スカウト」……。
誰も引かない。誰も譲らない。
生徒会の雪乃は、必死に議論をまとめようとした。
「26億円の予算といっても何でも出来るわけではありません。皆さん冷静に考えて下さい——」
しかし、誰も聞いちゃいない。
「インターハイ優勝を狙ううちのためだ!!」
「北米横断こそロマンだろうが!!」
叫び声と怒号が飛び交い、誰かが机を叩き、誰かが椅子を蹴飛ばす。
誰も折れない。誰も引かない。
何一つ、まとまる気配などなかった。
――部活動予算会議、収束の兆しなし。
(……ふむ、どうしたものかね……)
俺は生徒会席で目を閉じ、頭の中で状況の整理を始めていた。
そして、その日の会議も喧騒と怒号に包まれたまま、混沌だけを残して終わった。




