そして散会
混沌。
それ以外の言葉が見つからなかった。
桜が丘高校第一会議室。
今年の「部活動予算会議」は、想像をはるかに超えるカオスだった。
ワンダーフォーゲル部、野球部、テニス部、吹奏楽部、軽音楽部、演劇部、囲碁将棋部——。
金に目がくらんだ部長たちが、自分たちの要求を叫び合い、押し付け合い、机をバンバン叩く。
俺、皇岳人は、生徒会会計補佐として席に座りながら、ただ静かにその様子を眺めていた。
(……どうすんだ、これ)
目まぐるしく飛び交う怒号とツッコミ。
生徒会の面々も、表情を引きつらせている。
そんな時だった。
「……静かに」
凛とした声が、ざわめきを切り裂いた。
前列中央、陸上部主将・篠田マーク・オブライエンが、すっと立ち上がったのだ。
「僕たち陸上部は、昨年インターハイに出場し、個人でも全国優勝者を輩出しました。正当な活動実績に基づいて、遠征費と器材費の増額を申請します」
落ち着いた、透き通るような声だった。
教室全体が、一瞬で静まる。
資料を目を通すと、確かに増額しているが、実績に見合う正当な主張に見えた。
(さすが……)
誰もが、口では色々言っても、本物の実績には文句を言えなかった。
さらに——
「……剣道部も、発言させてもらう」
重々しい声とともに、霧山竜司が立ち上がる。
「道場の老朽化対策、防具六セットの購入。……地味だが、必要なことだ。希望予算はこれだ」
霧山が書類を掲げる。
無駄な要求ではない、他の部活動に比べればはるかに堅実な申請だった。
生徒たちは、しばし黙り込んだ。
だが——
「どうせ陸上部には多めに予算割り振るんだろ!」
誰かが叫んだ。
「剣道部だって!生徒会とズブズブじゃねーか!皇を生徒会に派遣して裏で手を回してんだろ!!」
「はぁ!?」
思わず俺も立ち上がりかけたが、その前に霧山が机をどんと叩いた。
「誰が裏工作だ!!」
霧山の怒声に、会議室が震える。
普段温厚な霧山が本気で怒ると、周囲は凍りつく。
だが、誰かが小声でぼそりと漏らす。
「……こわ」
「圧力だ圧力」
火に油を注ぐように、ざわめきが再燃する。
「いい加減にしろ!」
「うるせーんだよ!」
「北米横断も青春だろ!」
「温水プール建設は譲れない!!」
もう収拾がつかなかった。
結局、混乱のまま時間は過ぎ、会議は無理やり「後日再協議」という形で打ち切られた。
夕陽が差し込む会議室。
生徒たちはみな疲れた顔で帰っていき、椅子がガタガタと音を立てる。
——誰もいなくなった。
残ったのは、ただ一人。
生徒会長・小早川雪乃。
長い黒髪をまとめたまま、椅子に肘をつき、夕陽に染まった会議室でじっと座っている。
その姿は、まるで——アニメ、エディーバリオンの港指令。
肘を組み、じっと無言で前を見据え——そして、にやりと笑った。
その不敵な笑みに、背筋がぞわりとした。
「……おい」
俺は、おそるおそるドアをノックして中に入った。
「ほら、事務報告書だ。」
雪乃はようやく動き、俺に手を伸ばして書類を受け取った。
誰もいない会議室。
沈黙の中で、二人だけの空気が流れる。
——そして。
「……はぁ〜〜〜〜!!もうやだぁあああ!!!」
雪乃は椅子にもたれかかり、両手をばたばた振った。
「みんなバカ!!お金の魔力こわい!!高校生ってなんであんなに貪欲なの!?」
突如、だらけモード突入。
「岳人くん、コーラ!コーラ買ってきて!!今すぐ!!」
必死の形相でコーラを要求され、俺は笑いをこらえながら小走りで自販機に向かった。
三分後。
会議室に戻ると、雪乃は椅子の上でぐったりと仰け反っていた。
「コーラ……コーラ……」
「ほら、買ってきたぞ」
缶コーラを差し出すと、雪乃は目を輝かせて受け取った。
そして——
ぷしゅっ!
勢いよく缶を開け、一気飲み!!
ごくごくごくごく——
ぷはぁっ!!!
「……げふぅっ!!」
まるで少年のような豪快なげっぷ。
その姿に、思わず吹き出しそうになる。
「……もう投げ出したい……」
雪乃はふにゃふにゃになりながら、机に突っ伏した。




