表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/113

幼なじみとの記憶

 俺と妙義沙羅の付き合いは長い。というか、生まれる前から家は隣同士で、物心つく前からお互いの家を行き来していたらしい。親の話や、残された写真・動画を見る限り、多分間違いない。


 一番古い記憶は、俺が幼稚園に入園するときだ。

 それまでは、沙羅と毎日のように一緒に遊んでいた。


「ぼく、明日から幼稚園に行くんだ」


「ようちえん?」


「そうだよ~。沙羅ちゃんはまだ行かないの?」


 その会話を、リビングの奥から母親たちが微笑ましく聞いていて、優しく声をかけてきた。


「沙羅はひとつ年下だからね〜。幼稚園は来年かな?」


 すると沙羅はふるふると首を横に振って、涙をいっぱいにためた目で俺を見つめてきた。


「やだ!さらもいくの!がくとといっしょじゃなきゃやだぁ!」


 ――泣きながら俺にしがみついてきたあの時の沙羅の姿は、今でもはっきり覚えている。


 そんな頃からの付き合いだ。



 小学校に上がってからも、俺たちはほとんど毎日一緒だった。ランドセルを玄関に放り投げてゲームをしたり、庭で転がり回って遊んだり、河川敷に虫取りに出かけたり。


 もちろん「女とばっか一緒にいるー!」と男子たちに冷やかされたこともある。


 そんな時、沙羅は決まって「ちがうし!僕たちは幼なじみだから良いんだよ!」と怒鳴り返していた。耳まで真っ赤になっていたのは、隠せてなかったけどな。


 俺も「そーそー」と適当に笑ってごまかしてたけど、妙に気恥ずかしい気持ちがあったのは事実だ。



 小学校低学年の頃、区の剣道大会に出た時も、沙羅は応援に来てくれた。準決勝で敗れて落ち込んでいた俺に、なぜか沙羅の方が泣き出して――


「なんでさらが泣いてんだよ……」


 と俺が言うと、鼻をすすりながら、


「だって……がくと、がんばってたのに……」


 仕方なく、その時は俺が慰め役に回った。いや、本当は俺の方が慰めてほしかったんだけどな。


 そんな小学校時代を経て、中学に上がった俺は、ある意味“目覚めた”。


 アニメ、ゲーム、ミリタリー。光る瞳、カッコいいセリフ、撃ち合う戦車、降下する特殊部隊。すべてが輝いて見えて、俺は完全に沼にハマっていった。グッズは増える一方、ネット掲示板で語るのが日課。完全にオタク街道まっしぐらだった。


 沙羅はというと、そんな俺に呆れることもなく、変わらず遊びに来てくれていた。オタクトークにも付き合ってくれて、「よくそんな難しいこと覚えられるね」と、ぽかんとしながらも笑ってくれてたっけ。


 ……学校では、「オタク」「キモい」と毎日のようにからかわれたけど、沙羅は変わらず俺の味方だった。


「好きなものを好きって言って、なにが悪いの?」


 そんな風に真っ直ぐ俺を肯定してくれる存在が、どれだけありがたかったか。


 でも、俺は他のオタクとつるむことはしなかった。自分が“オタク同士”に見られるのが、なんかイヤだった。


 そんな中学2年のある日、俺は思った。


 ――変わらなきゃ。


 憧れたのは「陽キャ」だった。明るくて、モテて、キラキラした連中。俺もああなりたい、と。


 それで、俺はテニス部に入った。


 ……が、そこにいたのは、俺が想像していた“さわやかスポーツマン”ではなく、本物の陽キャたちだった。


 ギラついた髪、ノリの良さ、グループLINE、週末の遊びの誘い。全部が俺の肌に合わなかった。


 でも俺は、無理して笑って、話を合わせて、必死に空気を読んで頑張った。


 その努力の甲斐あってか、中3のある日、後輩の中1女子から告白された。


 人生初の「好きです」。心臓が跳ねるような衝撃だった。


 恋人未満、友人以上みたいな関係が少し続いて、それはそれで俺には心地よかった。


 ──そして、卒業式の日。俺は正式に告白した。


 けれど。


「なんか……やっぱり、ちょっと違った」


 あっさり振られた。


 今思えば、俺はただの“背伸びしたい相手”だったのだろう。

 俺自身も、無理して演じてた。だから、続くはずがなかった。


 あとで沙羅にその話をしたら、こいつ、もう腹を抱えて笑ってやがった。


「ぷっ……がくとが告られて、フラれるとか……なにそれ、マンガじゃん……!ははっ、くっ……やば、笑いすぎてお腹痛い……!」


 肩を震わせながら涙目になって笑う沙羅。


 あの顔、今でもハッキリ覚えてる。


 ──そんなことをぼんやり思い出しながら、俺は教室の窓から外を眺めていた。そして、ふとグラウンドを見下ろしたときだった……


 1年生が体育の授業で100m走をしている。

 風を切るジャージ姿。躍動感。はじける声。


 おーおー、若いっていいもんだなぁ……って、おっさんか俺。


 そんなことを思っていたその時、目に入った。


 あれ? あれ……沙羅か?


 スタートラインに立つ、小柄な少女。

 小さい体ながら、周囲より明らかに違うオーラ。引き締まった脚、安定した構え、深く落ち着いた呼吸。


 ピッ——。


 スタート音が鳴った瞬間、沙羅は風のように飛び出した。

 みるみるうちに周囲を引き離し、そのまま圧勝でゴール。


 そして、振り返って笑いながらクラスメイトとハイタッチを交わす。

 ……まるで、映画のヒロインみたいだった。


 その時——俺と目が合った。


「岳人~~!」


 満面の笑みで手を振りながら、全力で名前を叫んでくる。


 ……おい! 声でけぇよ! やめろバカ!


 当然、周囲のクラスメイトがざわつき始める。


「え?今の誰?」

「名前呼んでたってことは彼氏?」

「うわ、妙義って彼氏いたんだ〜!」


 ……うん、知ってた。この流れ、知ってた。


 その直後、俺の後頭部にパシンと衝撃が走る。


「いってぇ!?」


 振り返ると、腕組みして仁王立ちのゴリマッチョ体育教師が立っていた。


「皇〜? 今は何のお時間かな〜?」


「保健体育の時間です……」


 暴力反対!パワハラ反対! ……と、心の中で抗議しながら、俺は背筋をピンと伸ばす。


 ──今日も日本は平和なようだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ