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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
26億円の部活動費編
39/113

けじめ

 5月、校舎の窓から射し込む陽射しは、初夏を思わせる強さだった。

 剣道部の道場も、空気がむっと重い。


 俺は、竹刀を脇に抱えながら、部長の霧山竜司の前に立っていた。

 霧山は、相変わらずごつい腕を組み、鋭い目で俺を見据えている。


 「——というわけで、しばらく生徒会と剣道部、掛け持ちになります」


 俺がそう伝えると、霧山は一度、深く息を吐いた。


 「……そうか」


 重々しい声。それだけで少し胃が痛くなる。


 「春季大会、あんな結果になったばかりだ。正直、全員、焦ってる」


 霧山の言葉に、胸が痛む。

 春の大会、俺はチームの柱として期待されながら、結果を出せなかった。

 俺自身、何より悔しかった。


 「でもな」


 霧山は竹刀を俺に見せるように持ち、にやりと笑った。


 「夏がある」


 夏——インターハイ。


 「お前が調子よくないのは分かってる。だが、なるべく顔を出してほしい。お前が道場にいるだけで、みんな引き締まるからな」


 霧山の言葉に、喉の奥が熱くなった。

 後輩たちが、目標に向かって必死に食らいついているのは、俺にも分かっていた。


 「……はい」


 短く答えると、霧山は少し顔を緩めた。


 「ところでよ」


 話が終わるかと思った矢先、霧山がずいっと顔を寄せてきた。


 「レイの……二十六億円って、本当なのか?」


 小声で尋ねられて、俺は苦笑いする。


 「本当みたいですよ」


 そう答えた瞬間——


 「マジか!!」

 「道場、立て直せんじゃね!?」

 「エアコンとか完備!?やべえ!!」


 俺たちの話に聞き耳を立てていた部員たちがざわめき出した。


 「うちにも予算くれよ〜!」

 「全室個別ロッカーにしてくれ!」

 「風呂とかつけようぜ!!」


 言いたい放題の後輩たち。

 でも、そんな無邪気な声に、自然と道場に笑いが広がった。


 その中で、一年の服部が、ぴょこっと手を挙げた。


 「先輩が完全復帰するまでに、ちゃんと渡り合えるように鍛えておきますね!」


 きらきらした目で、真剣にそう言う。


 「……おう」


 思わず笑いそうになるのをこらえながら、俺は力強く答えた。


 「期待してるぞ!」




 そして、道場に向かって、深く頭を下げる。

 心の中で、もう一度だけ、剣道への想いを固く握りしめた。


 「じゃ、行ってきます」


 カバンを肩にかけ、校舎へ向かう。




 外に出ると、グラウンドでは陸上部が練習をしていた。

 トラックを駆け抜ける姿の中に、見覚えのある小柄な影がある。


 ——沙羅。


 すれ違いざまに、ふと目が合った。


 けれど、沙羅はすぐに視線を逸らしてしまった。

 すこし胸が痛む。


 その様子を見ていた一人の女子生徒が、すたすたと近寄ってきた。


 「ちょいとそこ行く少年!」


 ——朝比奈先輩。

 陸上部のエースであり、俺の恩人でもある姐御肌の人だ。


 「沙羅ちゃんとなにかあったのかい?」


 ぐいっと腕を引っ張られ、俺はたじろぐ。


 「ちょっと……いや、まあ、色々と……」


 濁すと、朝比奈先輩はにやにや笑った。


 「ふぅん。青春してんねぇ」


 「やめてください本当に」


 俺が黙り込むと、朝比奈先輩は急に真面目な顔になった。


 「生徒会、協力するんだって?」


 「はい……まあ、自分で決めたんで」


 「そっか」


 朝比奈先輩は、ふっと笑う。


 「雪乃は悪い奴じゃない。だけど、“いびつ”なやつだよ」


 そう言ったときの顔は、どこか遠いものを見ているようだった。


 「——自分に厳しい分、他人にも無意識に厳しいとこあるからさ。たぶん、迷惑かける」


 それでも、と言葉を続ける。


 「悪い子じゃない。いい奴だよ、ほんと。……面倒くさいけどな!」


 最後に笑って、ぽんと俺の肩を叩く。


 生徒会長と朝比奈先輩。

 きっと、二人には二人なりの信頼があるんだろう。


 「ありがとうございます」


 深く頭を下げると、朝比奈先輩は「がんばんな!」と拳を突き出してきた。


 拳を軽く合わせて、俺は校舎へと向かう。


 生徒会室は、1階の隅にある。

 白いドアの前に立ち、深呼吸を一つ。


 ノックをして、ドアを開けた。


 中では、生徒会長の小早川雪乃が、無表情で大量の書類をさばいていた。


 雪乃は、顔を上げると、静かに言った。


 「来たか、皇岳人くん」


 ——さあ、俺の新しい戦場が、ここにある。


 心を決めて、俺は生徒会室に足を踏み入れた。

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