26億円の部活動予算
「何じゃこりゃーーー!!!!!」
午後の静けさを破るように、生徒会室に俺の絶叫がこだました。
剣道部の稽古を終えたばかりで胴着姿のまま、訳も分からず連れてこられた俺・皇岳人が目にしたのは、一枚の紙。
「桜が丘高校部活動今年度予算報告書」
その中に記された、信じがたい数字——
「……26億円……?」
思わず声が裏返る。
「なにこれ、打ち間違いだろ……?」
俺の困惑に、生徒会長・小早川雪乃は何の躊躇もなく答えた。
「打ち間違いじゃないわ。1億円が26倍。それだけの話よ」
副会長・錦野が軽やかに続ける。
「1円玉なら26億個だな。重さにして……ふふ、風流だな」
その横で、生徒会書記のアンドーが無表情のまま言う。
「バナナ、タクサン、カエル」
「……」
もはや突っ込む気力もなかった。
俺は視線を横にずらし、唯一まともに話ができそうな会計係・宮前咲に視線を向ける。
「……これ、本当に……?」
「はい……本当です」
咲は申し訳なさそうに、声を絞り出すように説明を始めた。
「昨年度末、桜が丘高校の卒業生であり、身寄りのない資産家の方が亡くなりまして。その遺言で、遺産のうち現金のすべてを“桜が丘高校の部活動資金”として寄付したそうなんです」
「いや、それにしても26億って……」
「……学校側も最初は混乱したそうです。でも、遺言には“部活動の活動資金に限る”って、はっきり明記されていて」
最初は教育委員会も動いたが、途中で匙を投げた。
学校職員も卒業・進学・異動の事務で手一杯。
気づけば、新学期が始まり、部活動費の26億円だけがぽつんと残されていたという。
「それで……?」
「先週、嵯峨野校長が言ったんです。“ここは我が校の生徒たちに任せようじゃないか”って」
「つまり、丸投げか……」
俺が苦笑すると、咲は小さく頷いた。
「はい……それ以来、生徒会で何度も会議を重ねているんです。でも……」
雪乃が続ける。
「昨年度の学校全体の部活費は、220万円。それが今年は26億。使い方を間違えれば、学校全体に混乱が広がるわ」
「……体育館でも新築すれば?」
俺の皮肉にも似た提案に、錦野がため息をつく。
「それができれば、誰も苦労はしない。公平さを求めるほど、全員が不満を抱くのだ」
どうやら、生徒会内部でも意見が割れているらしい。
「そして、問題はもう一つ」
雪乃が険しい表情になる。
「来週には“部活動予算会議”がある。これは毎年、各部が自分たちの活動費をかけてプレゼンを行い、配分を決める重要な会議。ここでどう出るか……生徒会の真価が問われるのよ」
「で、俺に何をさせたいわけ?」
雪乃は視線を泳がせた後、ぽつりと呟いた。
「……実はもう、私たちだけじゃ回らないの……既存の考え方に縛られない、自由な発想を持てる。それでいて信頼の置ける生徒に力を借りたかったのよ。」
「……それが俺って訳か?」
こくりと頷く雪乃。
「買いかぶりすぎだろ?」
「……そんなことはないわ、オリエンテーリングの時もそうだけど、去年、インターハイに出場したときもそう、あなたはその時その時で最適な解を導き出しているように、私は思えるのよ……」
凜とした表情がわずかにゆがむ。
「だから、部活動費26億円のことを……」
そこまで言いかけた時、生徒会室のドアが半開きになっていることに気づく。
通りかかった女子生徒3人と、生徒会の面々の目が合った。
「26億って……え、部費?」
「なにそれ、マジ?」
女子生徒たちは目を丸くして、小走りにその場を去っていった。
「……なんでドア開けたままなのよ!!!」
次の日。
「桜が丘、部活予算が26億円らしいぜ」「剣道部にプール作るんだって?」
そんな噂が、校内を駆け巡っていた。




