五郎丸と土手で
放課後、剣道部の稽古を終えた俺は、なんとなく真っすぐ家に帰る気分になれず、自転車で土手沿いを流していた。
グラウンドでは少年野球の掛け声が響き、川辺では犬の散歩をする人影。春風が心地よくて、景色全体が少しだけ柔らかく見える。
そんな中、草むらの中でひょこっと誰かが手を振っていた。
「皇くん、こちらです!」
……五郎丸隆だった。
制服のまま、レジャーシートもなしに草の上で体育座りをキメている。
「なんでそんなとこにいるんだよ」
「いや~、ちょっと思索してたんですよ。“恋愛とは何か”っていうテーマで」
「……勝手にやってろ」
言いながら、俺も隣に腰を下ろした。川から吹く風が気持ちよくて、汗をかいた稽古帰りの身体にちょうどいい。
空はすでに茜色に染まりはじめていて、遠く橋の向こうに夕陽が沈みかけていた。
「それにしてもですねぇ。皇くんは、焼きそばパン派ですか?それともカレーパン派ですか?」
「突然なんだよ」
「いやですね、人間の好みって、無意識にその人の内面を映すんですよ。カレーパン派はスパイシーな冒険心、焼きそばパン派は安定を求める保守性を象徴してるんです!」
「俺の昼飯が政治思想にされる日が来るとは思わなかったな……」
「ちなみに僕は、断然メロンパン派ですね。甘さこそが正義なんです!」
「……お前に彼女ができない理由が、ひとつ分かった気がするわ」
「えっ、理不尽な……それは暴論です!」
五郎丸がもがくように言い返してきたところで、俺は空を仰いだ。
そのまま、しばらく風の音だけが続いた。
「……そういえば、皇くん。中学の時の彼女、可愛かったですよね~」
「……どこで見た」
「見たというか、噂がですねぇ。しかも、あの告白、校舎裏でフラれたっていうのも……」
「やめろや。なんでそんな情報があんだよ。怖いんだけど」
「僕の観察眼ですよ、観察眼。まあ、遠ヶ崎さんには敵いませんけどね~」
「まぁ、あいつは別格だよな……」
ため息をつきながら、俺は足を投げ出す。川面が夕陽に照らされて、きらりと光った。
「でも、皇くん。今は“沙羅ちゃん”っていうヒロインがいるわけじゃないですか。しかもですよ? まさに幼い頃からの幼なじみ、途中で疎遠、再会、ちょっと距離がある感じ……これ、まるでラノベの王道展開!」
「やめろ。俺の人生をラノベにすんな。もっとこう、リアルは泥くさいんだよ」
「でもですね! その泥くささこそが青春の醍醐味じゃないですか!僕が思うに、“未完成な関係性”ほど心に残るものはないんですよ。つまりは——」
「お前な、語りが長ぇんだよ」
「えっ」
「さっきから“焼きそばパン”から“未完成な関係性”まで、話の展開どんだけ飛ぶんだよ。マジで話が迷子」
「……そ、それは……言われてみれば確かに……どこからでしたっけ?」
「それな」
俺が立ち上がると、五郎丸も素直に立ち上がった。
そして、土手を下りながら、今度は「人生における三大パン論」について語り出した。
——ちなみに、俺はその話の内容、まったく覚えていない。
ただ、心地よい風と、ほんのり赤く染まる川の風景と、くだらないやりとりだけが、妙に記憶に残った。




