焼きそばパン
初夏の陽射しが心地よい、ある日の昼休み。俺たちは校舎の屋上で弁当を広げていた。
「いただきまーす!」
明るく声を上げたのは沙羅。いつものようにコンパクトにまとめたお弁当箱には、彩り鮮やかな卵焼きやウインナー、そしてご飯の上にはおかかと海苔が乗っていた。
「ふふ、今日も上出来!」
隣では、遠ヶ崎が無言で弁当のふたを開ける。その中身はというと、彼女らしいシンプルで合理的な構成——サンドイッチと自家製の野菜スープ。
俺も母親特製のお弁当を広げる。焼き鮭、卵焼き、ほうれん草のおひたし。手間のかかった家庭の味だ。
だけど——
「やっぱ、白いご飯より、焼きそばパンも食べたいな……」
ポロリと漏らした言葉に、沙羅が眉をひそめた。
「岳人! あんたのお母さんが一生懸命作ってくれたのに、何言ってるの!」
ピシャリと叱られた俺は思わず縮こまる。
「いや、そういうんじゃなくてさ……」
「じゃあどういうのよ」
「……まぁ、聞いてくれよ。実はさ、俺が焼きそばパン好きなのって、ちゃんと理由があるんだ」
俺の言葉に、沙羅と遠ヶ崎がちらりと視線を寄越す。
「高校入学したばっかの頃、俺……ぜんぜん学校に馴染めなくてさ。友達もできなかったし、授業もなんか面白くなくて。昼休みになると、購買で“幕の内弁当”だけ買って、校舎を出て、小さな公園で一人で食ってたんだ」
「そんなことあったの?」沙羅が驚いたように眉を上げた。
「うん。その公園、学校の近くにあるパン屋『ベッカリベーカリー』の前でさ。俺、ベンチでしょんぼりしてたんだけど……ある日、パン屋のおっさんがやってきて、何も言わずに焼きそばパンを差し出してくれたんだ」
「食えって」
「……え?」
「そんだけ言って、さっさと店に戻っちまった」
俺は苦笑しながら当時を思い返す。
「でさ、食べたら……うまかったんだよ、それが。パンの中の焼きそばは甘辛くてちょっとピリッとしてて、マヨネーズも絶妙で。うまいって思ったとき、なんかこう……『ああ、ここに居てもいいのかもしれない』って思えたんだよな」
風がふわりと通り抜け、屋上の空気が少し柔らかくなる。
「で、あとで聞いたら、あのパン屋のおっさん、うちの高校の卒業生でさ。自分の高校時代はパンが美味くなかったから、もっと旨いパンをって思って、20年前から購買部に卸してくれてるんだって」
「……へぇ、なんか素敵な話ね」遠ヶ崎が少しだけ微笑んだ。
「でもさ、最近沙羅が“健康のために”って言い出して、母さんが弁当作ってくれるようになったろ?」
「うん、だって毎日焼きそばパンばっかりって……」
「いや、それはわかってる。ありがたいし、嬉しいんだよ? でも、焼きそばパンだけは別なんだよな」
沙羅は少し黙って、うーん、と唸るように頷いた。
「……それ、ちゃんとおばさんにも言ったの?」
「いや、なんか……言いづらくて」
「バカね。そういうの、ちゃんと言いなさいよ」
その日の夜——
沙羅が俺の家にやってきた。
玄関先で母さんと話している沙羅の声が聞こえて、俺がリビングに顔を出すと、母さんが驚いたように振り返って、そしてすぐに笑った。
「沙羅ちゃんから聞いたわよ。あんた、焼きそばパンのこと、そんなふうに思ってたなんてね」
「……え?」
「明日から、お弁当はおかずだけにするわ。焼きそばパンの分、ちゃんと毎朝120円渡すから」
「……あ、ああ……ありがとう」
「早く言ってくれればよかったのに。あんた、ちゃんとした理由があったんでしょ?」
「……うん」
沙羅がにっこり笑って、俺の背中を軽く叩く。
「これで、明日からちゃんと買えるね」
「……ああ、ありがとな」
柔らかな夕焼けが、ふたりの顔を静かに染めていた。
そして次の日——
購買部の扉が開く、その瞬間を待ち構える生徒の群れ。
「開けっ……開けーっ!!」
その中に、俺——皇 岳人の姿があった。
開いた瞬間、突撃する生徒たちの中で、俺は反射神経を総動員して焼きそばパンの位置に突進。
「よしッ、見えた!」
あと少し、あと少し——
「お前らァァ、ぶつかるなって言ってんだろうがァァァ!!」
仁王立ちで盾のように立ち塞がる購買のおばちゃんの声も、もはや戦場のBGMだ。
つかんだ、焼きそばパン!
「……勝ったッ……!」
汗と達成感に包まれながら、俺はお目当ての“焼きそばパン”を手に取った。




