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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
26億円の部活動費編
32/113

焼きそばパン

 初夏の陽射しが心地よい、ある日の昼休み。俺たちは校舎の屋上で弁当を広げていた。


 「いただきまーす!」


 明るく声を上げたのは沙羅。いつものようにコンパクトにまとめたお弁当箱には、彩り鮮やかな卵焼きやウインナー、そしてご飯の上にはおかかと海苔が乗っていた。


 「ふふ、今日も上出来!」


 隣では、遠ヶ崎が無言で弁当のふたを開ける。その中身はというと、彼女らしいシンプルで合理的な構成——サンドイッチと自家製の野菜スープ。


 俺も母親特製のお弁当を広げる。焼き鮭、卵焼き、ほうれん草のおひたし。手間のかかった家庭の味だ。


 だけど——


 「やっぱ、白いご飯より、焼きそばパンも食べたいな……」


 ポロリと漏らした言葉に、沙羅が眉をひそめた。


 「岳人! あんたのお母さんが一生懸命作ってくれたのに、何言ってるの!」


 ピシャリと叱られた俺は思わず縮こまる。


 「いや、そういうんじゃなくてさ……」


 「じゃあどういうのよ」


 「……まぁ、聞いてくれよ。実はさ、俺が焼きそばパン好きなのって、ちゃんと理由があるんだ」


 俺の言葉に、沙羅と遠ヶ崎がちらりと視線を寄越す。


 「高校入学したばっかの頃、俺……ぜんぜん学校に馴染めなくてさ。友達もできなかったし、授業もなんか面白くなくて。昼休みになると、購買で“幕の内弁当”だけ買って、校舎を出て、小さな公園で一人で食ってたんだ」


 「そんなことあったの?」沙羅が驚いたように眉を上げた。


 「うん。その公園、学校の近くにあるパン屋『ベッカリベーカリー』の前でさ。俺、ベンチでしょんぼりしてたんだけど……ある日、パン屋のおっさんがやってきて、何も言わずに焼きそばパンを差し出してくれたんだ」


 「食えって」


 「……え?」


 「そんだけ言って、さっさと店に戻っちまった」


 俺は苦笑しながら当時を思い返す。


 「でさ、食べたら……うまかったんだよ、それが。パンの中の焼きそばは甘辛くてちょっとピリッとしてて、マヨネーズも絶妙で。うまいって思ったとき、なんかこう……『ああ、ここに居てもいいのかもしれない』って思えたんだよな」


 風がふわりと通り抜け、屋上の空気が少し柔らかくなる。


 「で、あとで聞いたら、あのパン屋のおっさん、うちの高校の卒業生でさ。自分の高校時代はパンが美味くなかったから、もっと旨いパンをって思って、20年前から購買部に卸してくれてるんだって」


 「……へぇ、なんか素敵な話ね」遠ヶ崎が少しだけ微笑んだ。


 「でもさ、最近沙羅が“健康のために”って言い出して、母さんが弁当作ってくれるようになったろ?」


 「うん、だって毎日焼きそばパンばっかりって……」


 「いや、それはわかってる。ありがたいし、嬉しいんだよ? でも、焼きそばパンだけは別なんだよな」


 沙羅は少し黙って、うーん、と唸るように頷いた。


 「……それ、ちゃんとおばさんにも言ったの?」


 「いや、なんか……言いづらくて」


 「バカね。そういうの、ちゃんと言いなさいよ」





 その日の夜——


 沙羅が俺の家にやってきた。


 玄関先で母さんと話している沙羅の声が聞こえて、俺がリビングに顔を出すと、母さんが驚いたように振り返って、そしてすぐに笑った。


 「沙羅ちゃんから聞いたわよ。あんた、焼きそばパンのこと、そんなふうに思ってたなんてね」


 「……え?」


 「明日から、お弁当はおかずだけにするわ。焼きそばパンの分、ちゃんと毎朝120円渡すから」


 「……あ、ああ……ありがとう」


 「早く言ってくれればよかったのに。あんた、ちゃんとした理由があったんでしょ?」


 「……うん」


 沙羅がにっこり笑って、俺の背中を軽く叩く。


 「これで、明日からちゃんと買えるね」


 「……ああ、ありがとな」


 柔らかな夕焼けが、ふたりの顔を静かに染めていた。




 そして次の日——


 購買部の扉が開く、その瞬間を待ち構える生徒の群れ。


 「開けっ……開けーっ!!」


 その中に、俺——皇 岳人の姿があった。


 開いた瞬間、突撃する生徒たちの中で、俺は反射神経を総動員して焼きそばパンの位置に突進。


 「よしッ、見えた!」


 あと少し、あと少し——


 「お前らァァ、ぶつかるなって言ってんだろうがァァァ!!」


 仁王立ちで盾のように立ち塞がる購買のおばちゃんの声も、もはや戦場のBGMだ。


 つかんだ、焼きそばパン!


 「……勝ったッ……!」


 汗と達成感に包まれながら、俺はお目当ての“焼きそばパン”を手に取った。


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