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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
オリエンテーリング編
30/113

自覚

観覧車を降りた俺たちは、息を整える間もなくすぐに動き出した。


「よし、足ヶ池に向かうぞ!」


朝比奈先輩の号令に、チーム全員がうなずく。みんな汗まみれのジャージ姿だが、不思議と誰も疲れた顔はしていなかった。


例の巨大な風船――あの「ゴール」のアドバルーンは、観覧車の上から見えたときこそ圧倒的な存在感を放っていたが、地上に降りるとまったくその姿が見えなくなっていた。


「やっぱ、計算されてるよね~あの高さ」


「地味に校長やるな……」


なんて言い合いながら、舗装された園路を早足で進んでいく。


やがて、足ヶ池のほとりが見えてきた。


そのすぐ脇に広がる大きな原っぱには、「桜が丘高校 親睦オリエンテーリング ゴール」と書かれた横断幕。周囲には、天幕が張られ、レジャーシートと折りたたみテーブル、そして給水所らしいテントが並んでいた。

ゴールと書かれたアドバルーンはその中央部分に上げられていた。



「……ついたー!!」


島田が先陣を切って走り出す。


すでに数チームが先にゴールしていた。レジャーシートに腰を下ろして、ジュースを飲んでいる生徒たちの姿がちらほら見える。


「先越されたかぁ」


鈴木が肩をすくめた。けれど、誰も悔しがってはいなかった。むしろ、全員が自然と笑っていた。


「でも、すっごく楽しかった……」


沙羅がそっとつぶやいた。彼女の頬は、日差しと走ったせいでほんのり赤い。


俺たちはチームごとに案内され、飲み物やお菓子、軽食のパックを手渡された。紙コップには冷たい麦茶。足元のシートに腰を下ろし、みんなで一息つく。


「……いやあ、まさか校長がここまで凝った企画するとは」


「うん、普通に一日遊園地に来た感覚っす」


「でも、なんか……いいよね、こういうの」


会話はとりとめなく続き、くだらない話や、ゴンドラでのやりとりを思い返して笑ったり。気がつけば、あっという間に時間が過ぎていた。





午後5時。場内アナウンスが響いた。


『以上をもちまして、桜が丘高校親睦オリエンテーリングを終了とします。生徒の皆さんは、速やかに帰宅してください』


「帰るかー」


「またなー!」


「うん!また学校で!」


重い腰を上げながら、皆がそれぞれの方向へ解散していく。


俺と沙羅は、当然のように一緒だった。家が隣同士なのだ。


「……一緒に帰るか?」


「うんっ!」


少し日も傾きはじめていたが、まだ明るい空の下。潮風の残る春の空気のなか、二人で並んで歩いた。


「しかし……いろんなことあったな、今日は」


「うん……でも、僕、本当に楽しかった」


「沙羅、今日ちょっとすごかったよな。観覧車でのツッコミとか、すっげー気迫だった」


「……あ、あれは、別にっ!」


そう言いながら、沙羅はちょっとだけ俺から顔をそらした。


その頬が、またさっきと同じように赤くなっていた。

日焼けだけじゃないのは、たぶん俺だけが気づいてる。


「……あ、待って」


沙羅が靴ひもを結び直そうと、足を止めた。


しゃがみこむと、少し乱れた前髪が風で揺れた。汗をぬぐおうと、ジャージの袖で額を軽く押さえる。その仕草が、妙に柔らかくて――


(……あ)


俺は、不意に気づいた。


あの笑顔とか、さっきのちょっとした照れ顔とか。

いちいち気になって、心がざわついて。


――俺、沙羅のことを“女の子”として見てるんだ。


ずっと“幼なじみ”だったはずなのに。


気づいてしまったことが、妙に恥ずかしくて、俺は空を見上げた。




「……岳人?」


「い、いや、なんでもない」


「ふふっ、変なの」


沙羅は結んだ靴ひもを確かめて、立ち上がった。


その笑顔が、まぶしかった。




春の終わり、そして、夏の始まりの匂い。

今日という日が、何かの始まりになる気がしていた。


俺たちは、ゆっくりと並んで歩き出した。


そして、隣にいる沙羅の横顔を、俺はそっと盗み見る――。

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