観覧車のてっぺんで
金剛石とフラワーの大観覧車は、海浜公園のやや西側にそびえる真っ白な巨輪だ。
一周およそ17分。地上117メートルの高さからは、東京湾もレインボーブリッジも、そして桜が丘高校も当然見渡せる。春の光に照らされ、青い空の下でゆっくりとその大きな輪が回っていた。
6人乗りのゴンドラに、俺たちのチームはぎゅっと詰まって乗り込んだ。
「……でさ、この観覧車、乗ったはいいけどさ」
鈴木が腕を組み、金属の手すりに寄りかかる。
「これって結局、なんなの?チェックポイントなのは分かるけど、ヒントとか仕掛けとか、何もなさそうじゃん」
「確かに」と俺。
島田がゴンドラの床をコンコンと叩き、「隠し床とか?トラップ?ぴょーん!って床が開いたりとか?」
「ねーよ!」
すかさず鈴木が突っ込む。
沙羅は小さく笑って……
「でも、なんかこうやって皆で一緒に乗ってるの、僕は楽しいな」
そう言って俺の方を向く沙羅の表情が、どこか無邪気で、そしてやけに可愛らしく見えて、俺は思わず視線を逸らした。
(……ああ、やっぱり……可愛い)
「新井!お前何動いてんだよ!」
朝比奈先輩の声が跳ねた。
「ひえっ、す、すみませんっ!」
立ち上がって、外をのぞき込んでいた新井先輩が、申し訳なさそうに座席に戻る。彼がちょっと立ち上がっただけで、ゴンドラは意外と大きく揺れた。
「お前の筋肉の質量は危険なんだよ。動くな、絶対!」
「……はい……」
「朝比奈先輩きついっすー!」
島田が笑いながら突っ込み、車内の空気が和んだ。
沙羅が明るく言う。
「でもね、このオリエンテーリングが始まるまで、僕、祐子先輩と岳人以外、ほとんど皆と話したことなくて。……でも今は、すごく嬉しいの。仲良くなれて」
その言葉に、一瞬だけ沈黙が流れた。
「……そっか」
俺が返すと、朝比奈先輩が肩をすくめる。
「そういう意味では、オリエンテーリングって“親睦目的”としては大成功かもね。……なんか雪乃に負けた気分」
「祐子先輩って、生徒会長のこと嫌いなんですか?」
沙羅が素直に聞いた。
「え、そ、それは……っ」
朝比奈先輩が珍しく言いよどむと、新井先輩がニヤニヤしながら口を挟む。
「実はな、朝比奈って1年の時、生徒会長選に立候補してたんだよ。俺ら3年は知ってるんだぜ?」
「おいコラ新井!それは言うなって!」
「2年3年も立候補者いたけど、雪乃――いや、小早川が圧勝だったんだよな」
「ぐ、ぐぬぬ……!あれはっ、私は陸上もやってたから、時間的にハンデがあったんだよ!全然ガチじゃなかったし!」
「ハンデって言った時点でもう負け惜しみだよな」
新井先輩が笑い、ゴンドラが再び揺れかける。
「ちょ、新井!また動いてるってば!」
「……すんません……」
ゴンドラの中が、笑いとからかいとツッコミで溢れる。
ふと、俺は少し遠くを見た。
「……あ、見えてきた」
最上部に近づいたゴンドラの窓から、遥か彼方までの景色が広がる。青く広がる海の向こうに、南側の湾岸地帯、そしてそのさらに向こうには――
「ほら、あれ。“しらせ”だよ。南極観測船の」
「は!? なんで分かるんだよ!」
「船オタクなの?」
「いや、男って妙に詳しい分野あるよね……」
一斉に飛んでくるツッコミに、俺は「いや普通に地理の授業で出ただろ」と返しつつ、わちゃわちゃとした空気を楽しんでいた。
そして――そのとき。
「あっ……あれ、見てくださいっ!」
島田の声が、急に真剣なものに変わった。
「ん?」
皆が一斉にその指差す先を見た。
公園の西の端、地図で言うところの“足ヶ池”の周辺。その空中に――
「……え、あれ……?」
中途半端な高さでぷかぷかと浮かぶ、巨大な風船。
いや、ただの風船じゃない。そこに繋がれた横断幕には、はっきりと――
**「ゴール」**の二文字。
「「あ"あ"あ"あ"あ"!!!!!」」
全員が声を揃えて叫び、ゴンドラがミシミシときしんだ。
「なにあれ!?」
「見落としてた!?」
「ってか、目立ちすぎじゃね!?」
「完全に校長のブラフにやられたわね……」
「てか、ちゃんと地図に載ってる場所だし!」
「よしっ、降りたらダッシュね!」
最後に朝比奈先輩が言い切った。
誰かのためにでも、勝ちのためでもなく――
今はただ、このチームで最後まで駆け抜けたい。
皆そう思っていた。
そして観覧車は、ゴールが見える高さで、風に揺れていた。




