観覧車の下で
初夏の気配が感じられる四月末の午後、俺たちは海浜公園を歩いていた。
芝生の向こうに、色とりどりの花が咲く花畑が広がっていた。黄色いポピー、赤いチューリップ、紫のビオラ。涼やかな潮風が花の間をすり抜け、どこか現実離れしたような景色を作っている。
「わぁ、きれい……」
沙羅が小さく感嘆の声を漏らしながら走り出す。その顔には、自然な笑顔が浮かんでいた。
その笑顔を見た瞬間、俺はふと目を逸らした。
(……なんだろ、最近……)
前までなら、ただの幼なじみの“沙羅”だったのに。ふとした仕草や、笑ったときの表情に、目を奪われてしまう。この感情は何なのだろう?
その考えを誤魔化すように、俺は観覧車を見上げた。
午後の光に照らされた金属のフレームが、ゆっくりと回っている。下には短い行列ができていて、一般の家族連れやカップルの間に、俺たちは紛れるように並んだ。
「うわ……あれ……見て」
鈴木が指差した先、観覧車の搭乗口前には、長机が設置され、複数の教師と生徒会の生徒が集まっていた。その中央に座るサラリーマン然としているのは――
「……教頭だな、あれ」
俺の言葉に、朝比奈先輩がうなずいた。
「隣は、生徒会長の小早川雪乃。こっちの小さい子が……たしか宮前、会計係だったっけ?」
並んで進む列の途中で、俺と宮前の視線がかち合った。彼女は目をぱちくりさせ、小さな声で「開会式の時はありがと…」と頭を下げた。
「あ、いや、どういたしまして」
沙羅も隣で軽く会釈し合う。
「次のチーム、確認しまーす」
生徒会長の凛とした声が響く。眼鏡の奥の瞳が俺たちを鋭く見渡す。だがその後ろにいた別のチームは、手にしたコインを見せたものの、教頭に首を横に振られていた。
「コインが揃っていません。通過は認定できませんね」
その声に、少し緊張感が走る。
「さて……次は?」
俺たちが近づくと、朝比奈先輩が一歩前に出た。
「よう、雪乃。相変わらず細かいとこまで仕切ってるじゃない」
「貴女ほどじゃないわ、祐子。……相変わらず現場主義で暴れまわってるんでしょう?」
「まあね、そっちが机上で采配振るうの得意だから、私は現場担当ってとこ」
「そういう棲み分け、嫌いじゃないわ。」
フフフフ……などと2人は笑いながら見つめ合う、というかにらみ合う?その異様な空間を終わらせたのは生徒会長だった。
「……ただ、今日はあなたには用はないの」
そう言って、生徒会長はすっと俺の目の前まで歩いてきた。
「皇 岳人くん。あなたのこと、少し気になっていたの。今回のオリエンテーリング、随所で面白い判断をしていたわね。ちゃんと、モニタリングさせてもらってたわ」
「そ、そうですか……?」
目を見て話すその距離感と、言葉の重さに、思わず背筋が伸びる。
と――
沙羅がぴょんと前に出て、俺と生徒会長の間に割り込んできた。
「……沙羅?」
「あ、いや……なんとなく……」
その後ろから、朝比奈先輩も割って入り、腕を組みながらにやりと笑った。
「悪いけど、うちの後輩にはファンクラブがあってね。予約埋まってるの」
生徒会長はくすりと笑った。
「ふふ、なるほど。人気者なのね。でも――私は一度欲しいと思ったものは、手に入れる主義なのよ」
「岳人は、“もの”じゃないですからっ!」
沙羅が珍しく語気を強めた。隣で鈴木が「おお……言ったわね沙羅ちゃん」と唸る。
そこへ、咳払いひとつ。
「君たち、学園ドラマは学校でやりましょう。ここは公の場ですよ」
そう言って、面倒そうな顔で割って入ってきたのは、教頭――大山田帯刀だった。
「ゴンドラは次。6人乗りの枠はきっちり守って。安全第一、安全第一」
「……はいはい、たっちゃん先生、了解しましたー」
「大山田先生です!」
朝比奈先輩が茶化すように返し、俺たちは観覧車へと歩いていった。
列に従ってゴンドラの入り口に並ぶ。扉が開くと、ひとつの箱に6人でぎゅっと収まる。
「いくぜー!第3チェックポイント、空の旅っすよー!」
「だからそれは違ぇって!」
鈴木の鋭いツッコミに全員が笑う中、観覧車の扉が閉まり、ゆっくりと動き出す。
明るい春の陽射しのなか、俺たちを乗せたゴンドラは、海と空と花畑を背景に、静かに昇っていった。




