中距離の女王見参
前方から吹き抜ける春の海風。その中を切り裂くように、電動アシスト付きのMTBが颯爽と駆け抜けていく。サドルにまたがっていたのは、我らが校長——嵯峨野達平。その口にはお馴染みの拡声器が構えられていた。
「青春してますかァァァァ!? 君たちに伝えたいッ、追いかける者の目にこそ、情熱が宿るッ!!」
校長の声が風に乗って周囲に響き渡る。その走りは想像以上に華麗だった。MTBを器用に左右に揺らし、歩道の生徒たちの隙間をすり抜けていく。
「速ぇ……!」
「うわっ、今の、避けられるのかよ!?」
「くそっ、逃げんな、校長ォォ!!」
怒号と歓声が入り乱れる中、先頭に躍り出たのは、この男——
「追わせてもらうぞ!」
校長を追うのは、陸上部キャプテン・篠田マーク・オブライエン。長身の彼が、地を蹴るごとに伸びるその歩幅。全国級の短距離選手の実力が発揮される瞬間だった。
逃げる校長!追うマック!彼は校長の後を真っすぐに追う。
……が、しかし。
短距離の限界が来るのは早い。カーブを越えた辺りで、篠田の速度は落ち始め、やがて呼吸を荒げながら足を止める。
「ぜ、ぜぇ……電動は、ずるい……」
その瞬間、校長・嵯峨野達平がMTBを軽やかに操りながら、片手で拡声器を取り出し——
「おーおー!さすが我が桜が丘の若人たち!だが、君たち、荷物を背負っていて追いつけると思っているのかねぇ?」
「は?」「なんだと!?」「ちょっとムカつくわね……」
口々に文句を言いながら、続々と走ってくる生徒たち。沙羅や朝比奈先輩、佐々木、遠ヶ崎、そして五郎丸の姿も混じっていた。
「はあっ!? 逃げるのに情熱とか言ってんじゃねえよ、校長!」佐々木が声を張る。
「まったく非論理的な構造ですね! 電動自転車の出力と生徒の平均走力を比較してみたら明らかに不公平です!!」
五郎丸が小刻みに抗議する中、遠ヶ崎は冷たく言い放つ。
「策士ですね……でも、うぬぼれすぎです、校長」
沙羅も息を切らしながら、「もーっ、あの人マジで逃げるのうまっ……!」と悔しそうに拳を握る。
そして、校長は再び拡声器を掲げて宣言する。
「ちなみに君たちが放り投げた荷物は、公園のご厚意でお借りしたトレインカーに積ませてもらったので、ご安心を〜〜!」
「……それが言いたかっただけかよっ!」
あまりの手の込みように、さすがの新井先輩も呆れ顔だ。
「これはもう、私が行くしかないね……」
そう言って朝比奈先輩が、おもむろに着ていたジャージを脱ぐ。
すると、中にはピタリと体にフィットした桜が丘高校の陸上競技ユニフォーム。
「持ってて、岳人」
「え!?俺?」
そして、上に着ていたジャージを俺に渡す。
「……え、ガチじゃん……」
鈴木が呆然と呟く。
「情熱には情熱で返すしかないからねぇっ!」
そう叫ぶや否や、朝比奈先輩は弾丸のように地を蹴った。走り出した瞬間、周囲の空気が震えるようだった。
「おおおっ!」「さすが800mの女王!」「勝てる気がしてきた!」
生徒たちの声援が彼女の背を押す。
そして、再び始まる追撃戦。
逃げる情熱校長vs追う姉御・朝比奈祐子。
果たして勝つのはどちらか——俺たちの目は、その戦いの行方を見逃さなかった。




