再会は土手で
四月も初旬、桜の花びらが舞うには少し遅い季節。
俺は、少しばかりくたびれた自転車のペダルを漕ぎながら、河原の土手を走っていた。
この道は小学生の頃から通い慣れた通学路。土手の傍らには、まだ肌寒さの残る春の空気を楽しむように制服姿の生徒たちが歩いている。自転車を押す者、自撮りをしてはしゃぐ者、部活用の荷物を抱えた一年生もちらほら見えた。
俺はというと、少し前まで封印していた“中二の遺産”を思い出すように、昔見た深夜アニメの主題歌を口ずさんでいた。
「♪空に浮かぶ孤独の月は〜」
たぶん、誰も気にしていないだろう。声は風に流れ、ペダルの音にかき消される。
生徒たちの間をすり抜けながら、俺はいつものように滑らかに進んでいった。
――と、そのときだった。
前方に、制服姿の一年生と思われる二人の女子が道をふさぐように並んで歩いていた。
片方は青みがかった髪を高い位置でポニーテールにしていて、もう片方は肩までのストレートヘアの小柄な女の子だった。
俺はブレーキを軽くかけて、ハンドルに付いたベルを一度、控えめに鳴らした。
チリン。
その音に、ポニーテールの女子がびくっと肩を震わせた。隣にいたストレートヘアの少女が振り返る。その瞬間、彼女の耳元で揺れていた銀色のイルカの髪飾りが、朝の光を受けてキラリと光った。
その光の余韻を残すように、彼女と目が合った。
小さなたまご型の顔。アーモンド型のくっきりとした瞳。ちょっと太めな眉。そして、春の日差しを浴びたのか、ほんのりと焼けた肌。
……どこかで、見たことがあるような。
そのまま通り抜けながら、俺は軽く片手を上げて言った。
「並んで歩くのは感心しないね」
――次の瞬間だった。
「ちょっと!君、待ちなさいよ!」
イルカの髪飾りの女子が鋭い声を上げた。俺は振り返らずに左手のひらをヒラヒラと振って、そのまま走り抜けようとした。
――そのはずだった。
ドスン!
「うわっ!?」
自転車の後輪に、何かが飛び乗ったような重みがのしかかった。思わず振り返ると、さっきの小柄な女子――イルカの髪飾りの子が、走って追いかけてきて俺の荷台に飛び乗っていたのだ。
「おま、何すんだ!」
「謝りなさい!」
「は!?お前何言ってんだ!?」
急な重みと口論でバランスを崩した自転車は、ふらふらと蛇行を始め、そして次の瞬間――
ガシャーン!!
俺たちは土手を斜めに滑り落ち、そのまま地面に投げ出された。
倒れた自転車の傍で、彼女はスカートを払う間もなく立ち上がり、なおも俺に詰め寄ってきた。
「君が突然ベルを鳴らすから、由比が転びそうになったのよ!謝りなさい!」
由比?ポニーテールの女の子のことか?
「いやいやいや、そもそも道をふさいで並んで歩いてたの、そっちだろ?」
「なにぉ~!?アンタ何様よ!」
ぷるぷると震えながら、俺を指差してギャンギャン喚く女子。俺は耳の穴を軽く指でほじりながら、どうしたものかと空を仰いだ。
そのとき。
「……ん?」
彼女の目が、俺の顔をじっと見つめる。
「君、もしかして……岳人?」
その声を聞いた瞬間、俺も気づいた。
「お前……沙羅か?」
「うわ〜、やっぱり!全然雰囲気変わってるから、わからなかったよ!」
そして俺の傍らに落ちた竹刀を見つけて、目を丸くする。
「また剣道、始めたの?」
「……ああ。高校からね」
彼女――妙義 沙羅は、口元に懐かしい笑みを浮かべた。
これが、俺と“最強の幼なじみ”――妙義沙羅との再会だった。