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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
オリエンテーリング編
18/113

春風、オリエンテーションは嵐の予感

 四月も終盤。心地よい春風の中、桜が丘高校では全学年参加の恒例行事「親睦オリエンテーリング」が開催されることとなった。


 舞台は、学校の近くにある巨大な海浜公園。東京オリンピックでカヌー競技が行われた水辺を残す、都内でも随一の広さを誇る場所だ。青い空、潮の香り、そして新緑の芝生。俺たちは、そこで一日を過ごす。


 このイベントでは、1年から3年までの生徒が混成チームを組み、スタートと同時に学校メールで送られてくる地図とヒントを頼りに、公園内のチェックポイントを巡る。道中にはクイズや謎解き、体力チャレンジが用意されており、最初にゴールしたチームが優勝……とはいえ、何も賞品はない。名誉と自己満足だけだ。

 「祐子先輩!今日一緒のチームでよかったー!あと岳人も一緒だし!」


 嬉しそうに朝比奈先輩に駆け寄り、リュックの肩紐をぎゅっと握る。


 「おいおい、俺はおまけかよ」


 「当たり前じゃん、岳人なんてついでついで〜」


 「おいっ」


 そのやりとりを聞いていた朝比奈先輩が口を挟む。


 「沙羅ちゃん、本当に岳人くんがついでかい?」


 沙羅は慌てながら言い訳をする。


 「え、そうですよ!そうに決まっています!先輩が本命です!」


 「お前、なんか失礼だな……」


 俺が小さく肩をすくめると、三人で小さく笑い合った。


 その後、チームメンバーと連絡を取り合い、公園中央のだだっ広い原っぱに集まった。携帯は使用可。みんな、それぞれの場所から連絡を取り合い、集合場所へ向かう。


 俺たちのチームはなかなか濃いメンツだった。


 まずは3年女子、陸上部のエースで俺の姉貴分・朝比奈祐子先輩。去年のインターハイ800m覇者で、明るく頼れる姐御肌。俺が1年の時から可愛がって(という名のいじりを)もらっている。


 3年男子は新井信二先輩。見た目はいかついが帰宅部。実は朝比奈先輩に全く頭が上がらないらしい。下級生にはちょっと偉そうだが、真面目なやつっぽい。


 2年女子は、ギャルの鈴木智子。強気でサバサバした性格の俺の天敵、だが、最近はほんの少しだけ打ち解けてきた(気がする)。何かと口は悪いが、根は良いやつ。チーム内ではツッコミ役になりそうだ。


 1年男子は島田隆、通称・しまじろう。明るく、テンション高めのお調子者。にこやかに登場するや否や、場の空気を一気に和ませるタイプ。


 1年女子は妙義沙羅。俺の幼なじみ。最近は昔のような距離感に戻ってきていて、なぜかすごく元気。


 「おーっす!島田っす!」


 「……鈴木。よろしく〜」


 「こ、このチームか……新井だ!お前ら、お手柔らかにな!」


 自己紹介が一通り済んで、場がほぐれてきたその時だった。


 「ちょ、やめてくださいよっ!」


 叫ぶような声が聞こえた方を見ると、小柄な女子生徒が一人、涙目で立っていた。


 その前に立ちはだかっていたのは……佐々木。


 「なーにビビってんだよ?ちょっと話すだけだってー」


 またかよ。


 俺が一歩踏み出そうとした、その瞬間——沙羅が先に飛び出していた。


 「咲!大丈夫!?」


 沙羅の声に佐々木がひるむ。


 「……って、またお前かよ」


 そう言いながらも、目には明らかに動揺が走っている。


 「やめとけよ、佐々木」


 俺も沙羅の後に続いて間に割って入った。


 「なんだよ、皇。関係ねーだろ」


 「新入生に絡んで何がしたい? それもイベント開始前のこの場で。……お前、停学足りなかったか?」


 「チッ……」


 そのとき——


 「はいはい、ストーップ」


 スッと割って入ってきたのは、朝比奈祐子先輩。


 ジャージの上から腕を組み、落ち着いた足取りで二人の間に立つ。


 「ここは原っぱ、心は広く。な、君?」


 「……ちっ」


 佐々木は舌打ちして立ち去った。


 「ありがとう、助かった……」


 絡まれていた女子が小さく礼を言う。


 沙羅がその子の手を取る。


 「もう大丈夫だよ、行こ?」


 その子はうなずき、そっと沙羅の後ろに隠れた。


 俺は何気なく沙羅に尋ねた。


 「知り合い?」


 「うん、同じ中学だった宮前咲みやまえ さき、覚えてない?いま生徒会にスカウトされて会計やってるんだよ」


スカウト!?うちの学校の生徒会はスカウト制だったか?

まぁいいや、俺はその子のこと覚えてない。とくにその問いに答えず……


 「そっか……」


 そして、宮前咲が朝比奈先輩と俺に頭を下げる。


 「先輩方、ありがとうございました……」


 すこし、おどおどしながらそう言うと宮前咲は生徒達の群れの中に消えていく。

そして、俺たちの元にチームメンバーがやって来る。


 「大丈夫〜?」


 「マジびびったって……」


 それぞれが気遣いの声をかける中、ふいに原っぱの中央からスピーカー音が鳴り響く。


 「おっ、始まるぞ」


ドキュメンタリー番組「情熱列島」のテーマ曲が原っぱ中に響き渡った。

 そして次の瞬間、爆発音と煙と共にステージに文字通り飛び出したのは我らが校長——嵯峨野達平さがの たっぺい。白髪を撫でつけた、普段は好々爺然とした校長が、この時ばかりは何かの番組の司会者のようなテンションでマイクを握っていた。


 「えー、みなさーん!青春してますかーッ!!!」


 その第一声で、原っぱ中に一瞬、ざわりとした空気が走る。ざわ……っというより、微妙に引いた感じの静けさ。


 「今日はねぇ、みんなに伝えたいことがあるんだ!地図を信じるな!己を信じろッ!」


 突然の謎展開。


 「何をするにも、最後に必要なのは地図でも、コンパスでもない……」


 拳を力強く振り上げる。


 「……情熱だァァァァァ!!!」


 「何言ってんのこの人……」


 鈴木が俺の隣で小声でぼやいた。


 その隣で沙羅はというと、両手を胸の前で握りしめ、目をキラキラさせながら真剣に聞き入っていた。


 「お前、ああいうの好きだよな……」


 俺がふと目線を横に移すと、朝比奈先輩と目が合った。


 「ん? どうしたの岳人、私に見惚れてた?」


 「違います」


 「ふふ、つれないなぁ〜」


 そんな冗談めいたやりとりをしていると校長の話は終わったらしい。


そしてステージの端から、ひとりの女子生徒が静かに中央に歩いてくる。身なりは他の生徒と同じ学校指定のジャージ姿。しかし、その一歩ごとに、なぜか空気が変わった。


 生徒会長・小早川雪乃こばやかわ ゆきの


 その気品ある佇まいに、ざわついていた原っぱがピタリと静まり返る。風がふわりと吹いて、彼女の長い髪が軽くなびいた。


 男子生徒だけでなく、女子たちからも「雪乃さま……!」「会長……」と小さなため息が漏れる。


 雪乃はマイクを取り、凛とした声で語り始めた。


 「皆さん。本日は桜が丘高校、春の恒例行事、親睦オリエンテーリングにご参加いただき、ありがとうございます。文字通りこのイベントは上級生、下級生の垣根を越え、親睦を深めるための機会でもあります。ですが、まずは安全が第一です」


 その声は決して大きくはないのに、はっきりと耳に届く。不思議な声だった。


 彼女は続けて、チェックポイントの注意点、道中でのマナー、チームの協力体制について簡潔に説明した。


 そして——


 「先ほど、集合前に小さなトラブルがあったと報告を受けています。こうしたことが二度と起きぬよう、皆さん一人一人が周囲への気遣いを忘れず行動してください」


 その瞬間——なぜか彼女の視線が、一瞬だけ俺と交差した……ような気がした。


 いや、気のせいだよな……?


 「それでは、桜が丘高校・親睦オリエンテーリング、スタートです!」


 その声と同時に、生徒たちのスマホにメールの着信音が一斉に響いた。


 「おっ、来た来た!」

 「地図、確認〜」

 「ヒントは……え、なにこれ謎解き!?やば!」


 俺たちのチームも、それぞれスマホを開いて地図を確認し始める。


 「おいおい、これマジで本気で頭使うやつじゃねぇか」


 「えー、走るのは任せるからね!」


 「任せて下さい!……でも、なんか楽しそうかも!」

 沙羅が微笑んでそう言った。


 春の風に背中を押されながら、桜が丘高校の春の一日が、本格的に始まったのだった——。

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