春の河原で……
河原の土手には、若草の香りと、ほのかに漂う春の花のにおい。
西の空は夕焼けに染まり、腰を下ろした二人の少女の影が、ほんの少しずつ長く伸びていた。
「……でさ、沙羅はさ、本当に皇先輩のこと、どう思ってるの?」
遠ヶ崎由比は、黒ぶち眼鏡の奥でじっと相手を見つめながら、薄く目を細めた。
ポニーテールが春風にさらりと揺れる。
沙羅は、土手に膝を抱えて座り、少し考え込むように視線を落とした。
「うーん……わかんない。たまにすっごいムカつくけど、でも……やっぱ、嬉しいんだよね。再会できてさ。なんか、あの頃に戻ったみたいで」
「でも、あの人……最近まで、ずっと避けてたんでしょ? 沙羅のこと」
「……うん、まぁね。でも、岳人にも色々あったんだと思うし。今はほら、僕のおかげで仲直りできたしねっ!」
得意げに胸を張る沙羅。エッヘン!とでも言いたげな顔だ。
「……そ、そうね」
由比は小さくため息をつきながら、手元にあった小石を拾って、それを草むらの向こうに軽く弾き飛ばす。
再び沈黙。
風の音、虫の声、遠くを走る車のエンジン音――土手に静かな時間が流れる。
そんな中、沙羅が何やらゴソゴソと動き始めた。
「……何してるの?」
訝しげに尋ねた由比が沙羅の手元を覗き込むと、
「見て見てっ、由比〜〜! カマキリの卵!!」
沙羅が目をきらきらさせながら、小枝にくっついた泡状の卵を嬉しそうに掲げる。
「……それ、捨てて?」
由比はすぅっと後ずさりながら、冷たい声で言い放つ。
「えぇ〜〜? だってさ、ふわふわしてて、すっごく可愛くない? これ、春っぽいよね〜?」
「いや、可愛くないから。ていうか、生きてるから。それ、今にも孵りそうだから!」
沙羅が「だいじょぶだいじょぶ〜」と笑ったその瞬間だった。
ぷつっ、ぷつっ。
卵の泡の隙間から、小さな透明なものがうごめき始めた。
「……ん? ……うわっ!?」
ぷち、ぷち、と次々に孵化してくる小指の先サイズの赤ちゃんカマキリ。翅もない、透き通った幼虫たちがわらわらと顔を出す。
「ひゃあああああああっ!!」
由比が跳ねるように立ち上がり、後ろに飛び退いた。
「出た! 出てきた! カマキリぃぃぃぃ!!」
一方の沙羅はと言うと――満面の笑顔で、ぴょんぴょん跳ねていた。
「やった〜〜!見れた見れた!ベイビーたち、可愛い〜〜!!」
「どこが可愛いのよ!? 服に乗ってるじゃないの!肩!背中!!」
「え? どこどこ? ……あ、ほんとだ!」
沙羅が楽しそうに自分の服にいるベイビーをそっと指先でつまみあげ、自分の手の甲に移す。
「なにしてんのよおぉぉ!やめてよぉぉ!!」
「え〜? こんな可愛いのに、なんで怖がるの?」
「理由が要る!?」
由比は涙目で数歩後ずさり、しかし、由比の服にもカマキリたちが登ってくる――
「やぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」
制服を必死に叩き、スカートをバタつかせて大パニック。
しかし、どれだけ払ってもしがみつくカマキリ!カマキリ!赤ちゃんカマキリ!
「わぁ〜♡ すごーい!いっぱい出てきた〜!」
沙羅は両手いっぱいに小さなカマキリを乗せて、大興奮。
「こっちの子、足が速い〜!」
「この子はつぶらな瞳が可愛い〜♡」
「可愛くなーーーいッ!!!」
ついに由比はランドセルのように背負っていたバッグを放り投げ、土手をぐるぐる駆け回り始めた。
「ひとがパニックなのに虫の顔観察してんじゃないわよーーー!!」
「大丈夫だってば!赤ちゃんカマキリは噛まないよ〜?」
沙羅はしゃがみ込みながら、草の中に散らばる小さな命に夢中。
一方、由比は全力で逃げまどう。
「やめて!手で触んないでぇぇぇぇ!!」
由比の悲鳴が、河原の夕空にこだました――。
* * *
「……あいつら、何やってんだ」
学校からの帰り道。
土手上の道からその様子を見下ろしていた岳人は、ぽつりとつぶやいた。




