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そして幼なじみに

 保健室のドアを静かに開けると、カーテンの向こうから淡い光と薬品の匂い、そしてかすかな気配が漏れてきた。


 中にいた日比野先生がこちらに気づき、禁煙スティックをくわえたまま、ふっと優しい笑みを向けてくる。


「あら?ヒーロー君のお出ましね。」


「やめてくださいよ。」


「あの……沙羅は?」


「頭を窓に打って少し打撲気味だったから、今、ベッドで休ませてるわ」


「それとお母さまが迎えに来るって連絡があったから、それまでね。少しだけなら、お話してあげて」


「あの……」


俺が聞きたいことを察したのか日比野先生は続ける。


「……ん?顔の傷は浅かったのですぐに元通りになるわよ」


「……ありがとうございます」


 カーテンをそっと開けると、ベッドに横たわる沙羅が目を開けた。


 左の頬には真っ白なガーゼが貼られ、白いカーテン越しの光でその顔が優しく照らされている。


「……がくと。来てくれたんだ」


「ああ」


「そっか……なんか、うれしい……」


 沙羅はベッドの中から、ゆっくりと上半身を起こす。


「……がくとが来てくれて、安心した。ほんとに、怖かったけど……」


 その声に、胸の奥がじんわりと熱くなった。


「……助けてくれて、ありがとう」


「礼なんて、いらねーよ。俺が勝手にやっただけだし」


 そっぽを向きながら言ったけど、頬が少し熱くなるのを自分でも感じていた。


 沙羅はそんな俺の様子に気づいたのか、いたずらっぽく笑う。


「……じゃあ、これで仲直り、だね?」


「……ケンカなんてしてねぇし」


「ふふ、でも……僕はすごく嬉しいよ。がくとと、またちゃんと話せたから」


 その笑顔は、懐かしかった。

 小学校の頃、俺の後ろを小さな足で必死についてきていたあの沙羅――だけど、今そこにいるのはもう“子ども”じゃない。


 俺たちはきっと――変わった。でも、どこか変わらずにいた。

 そんなことを、ふと実感した。





 その時だった。


 枕元に置いてある沙羅のスマートフォンが微かに振動し、着信音が鳴った。

 沙羅が画面を見る、すぐに「あ、お母さんだ」と小さく呟いて、通話ボタンを押す。


「……うん、うん、大丈夫。ちょっとケガしちゃったけど、もう手当てしてもらったから。うん……うん、大丈夫。今は、保健室にいるよ。がくとが……うん、そう、助けてくれたの」


 その名前が出たとき、沙羅が少しだけ俺の方を見た。恥ずかしいような、誇らしいような、そんな目だった。


「えっ? あ、うん、代わるね」


 沙羅が俺にスマホを差し出してくる。


「お母さんが、代わってって」


「……俺に?」


 受け取って耳に当てると、電話の向こうから、少し心配そうな、でも芯の通った声が聞こえた。


『岳人くん? 沙羅を助けてくれて、本当にありがとう!学校から連絡あって驚いたけど……高校では迷惑かけてないかしら?』


「いえ……俺の方こそ」


『沙羅から話はよく聞いてるわよ。高校でも仲良くしてくれているって……ありがとう。』


ふむ、そういう事になってるんだな。俺は話を合わせる。


「いえ……こちらこそ沙羅にはよく助けられていますよ」


『ううん。あの子のそばにいつも岳人くんがいてくれて、本当に安心しているのよ。ほら、沙羅ってば考えなしでよくやらかすででしょ?』


 うん、それは俺も知っている。小さい頃からよく何も考えずに興味本位に行動して失敗をやらかしているのを目にしている。

幼稚園に入る前のことだが、家の前の大きな木に一人で登ったさい登って降りられなくなったときはレスキュー隊が出動する騒ぎになったことさえある。



……それでね。ちょっと厚かましいんだけど、よかったら、沙羅を家まで送ってくれない? 怪我もあるし、私も仕事で迎えが少し遅れそうなのよ』


沙羅の家は共働きで俺と同じで兄弟もいない。おばさんもバリバリのキャリアウーマンなのは俺も知っている。


「わかりました。帰るついでにですし送りますよ」


『そう言ってくれて助かるわ。本当にありがとう。学校にもその旨伝えておくわね』


 通話が切れると同時に、カーテンの外から日比野先生の声がした。


「聞こえてたわ。送ってくれるのね?」


「はい、俺が送ります」


 頷いた俺の言葉に、日比野先生は静かにうなずき、沙羅の制服とスクールバッグをそっと手渡してくれた。


 そのタイミングで保健室の内線が鳴り日比野先生は電話を取る。会話の様子から沙羅の母親からのものらしい。

 電話の合間に日比野先生が俺に声をかける。


「皇くん。無理させないでね。」


「わかりました」


 沙羅は制服の上着を羽織りながら、少しだけ照れたような顔で俺を見た。


「……一緒に、帰ってくれる?」


「……ああ。送るよ、“幼なじみ”だしな」


 そう言うと、沙羅はほんの少し、目を細めて――まるで、昔のことを思い出すように、柔らかく笑った。

 


――そして、俺たちはゆっくりと保健室を出て家路についた。

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