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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
恋のライバル編
112/113

ふたりで歩く道

 七月の朝は、どこか湿った気配を含んでいる。アスファルトの隙間から立ちのぼる蒸気と、遠くの公園にあるビオトープから聞こえるカエルの低い声。蝉の鳴き声が聞こえてくる。


 まだ通学時間には少しだけ早い。俺は自宅の門を出て、顔に当たる風の生ぬるさに少し眉をひそめた。


 ……それでも、今日はなぜか心が軽い。




 昨日、俺と沙羅は――付き合うことになった。


 例の“月が綺麗ですね”の告白を経て、俺たちはお互いの親にその日のうちに報告した。

 最初こそどう話を切り出すか悩んだけど――いざ話すと、意外にもすんなりと理解された。いや、というより……すでに「分かってた」らしい。


 その日の夜十時。両家合同での焼肉パーティーが、なぜか俺の家で開催された。


 母親同士は冒頭からテンションMAX。


「ガクトったら小さい頃、沙羅ちゃんのこと“お嫁さんにするんだ!”って言ってたのよぉ!」


「沙羅もね、“ガクトくんと一緒にいると楽しい”って、何度聞いたことか!」


 俺たちが何も言ってないのに、昔話のオンパレードで話が進む。


 沙羅の父親はと言えば、焼き網の前でビールを握りしめながら、なんとも言えない顔をしていた。


「いや……ガクトくんだから、いいとは思ってる。でもなぁ、父親としては、やっぱりなぁ……」


 それを聞いた両母親が即座に反応する。


「あなた!何言ってるの?」


「その考えは古い!」


「今は違うのよ!いいじゃないの幸せなんだから!」


「できちゃっても全然いいわよ!」


「いや、だからそれは……っ!」


 俺の父親が「まったく…」と苦笑しながらビールをすすっていたが、話題が“間違い”の方に及んだとたん、真剣な顔になった。


「ガクト。絶対に間違いは起こすな。わかったな」


「はい……」


 思わず背筋を伸ばした俺を見て、またも母親たちが「もう、あんたまで古いわねぇ~」と突っ込む。

 沙羅はずっと「アハアハ……」と乾いた笑いでごまかしていた。

俺は沙羅の父親から逃げるように、焼酎を片手に母親たちの席でお酌に回る始末だった。




 ――そんなわけで、今朝から俺は自転車通学をやめることにした。


 沙羅と、一緒に登校するために。


 カランコロンと鈴の音が聞こえて、隣の家の門から出てくる一人の少女。ふわりと舞った髪の隙間から覗く瞳が、俺を見つけた瞬間に優しく微笑む。


「おはよう、ガクト!」


「おう、沙羅。早かったな」


 並んで歩き出す。家々の影がまだほんの少しだけ長い時間帯。アスファルトの上を歩くローファーと革靴の音が、リズムよく響いた。


「……まあ両親公認ってことになったのは良いんだが、学校はどうするんだ?」


「え? 私もうみんなにLaneしちゃったよ?」


「は?」


「“付き合うことになりました!よろしくね〜!”って」


「おいおいおいおい!」


 俺が頭を抱えるのとほぼ同時に、後ろから聞き覚えのある声が飛んできた。


「沙羅!大丈夫? 皇先輩に邪なことはされていない?」


 パタパタと駆け寄ってきたのは、遠ヶ崎由比だった。メガネの奥の瞳がきらりと光り、沙羅に抱きつくように腕を絡める。


「おはよう、由比!」


「……遠ヶ崎、挨拶もなしに朝からなんなんだよ」


「私の沙羅に、ついに手を出した悪漢がいるって聞いて、今日は急いでやってきたのよ!」


「誰が悪漢だ。言葉のチョイスがいちいち渋いんだよ、お前は」


「皇先輩、あなたはわかっているはずです!古典的表現は心に響くの。でなきゃ“月が綺麗ですね”なんて言わないでしょ?」


「うっ……それは……!」


 沙羅が「ぷっ」と吹き出す。俺の顔が赤くなる。


 そうしてワチャワチャしながら、3人で道の端に立ち止まった。通学途中の風景。草の匂いと、どこか漂う湿った土の香り。誰かの家から朝食のパンを焼く匂いが漂ってきた。


 遠ヶ崎は沙羅の手をぎゅっと握り、まっすぐ目を見つめた。


「……沙羅、おめでと」


「うん、ありがとう、由比」


 そのやりとりの後、遠ヶ崎は俺の方へくるりと向き直り、つかつかと歩み寄る。


「皇先輩」


「ん?」


 ぐっと顔を近づけ、耳元で囁く。


「――沙羅を泣かしたら、呪いますからね」


「お前……怖いよ……!」


「ふふっ」


 思わず3人で吹き出した。歩き出す。

 いつもの通学路。けれど今は、昨日までとは少しだけ違う“新しい日常”が始まっていた。


 俺は、沙羅の隣に並びながら、そっと手を握った。

 彼女はびっくりしたようにこちらを見て――それから、何も言わずに手を握り返してくれた。

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