恋する心
スポーツチャンバラ大会が終わったその日の夕方。
俺――皇ガクトは、戦いの余韻に浸る暇もなく、校舎内をあっちへこっちへと連れ回されていた。
「皇くん、今回の試合、どういった戦略で臨まれたのですか!?」
「放送部です!ネットでの世界配信を目指してます!音声だけでいいのでコメントお願いできます!さあどうぞ!」
「え?いや、ちょ、俺まだ着替えてな――」
新聞部と放送部に追われ、スポットライトに晒され、さらに校長室では嵯峨野校長が、
「皇ガクトくん!!……感動した!!!」
と、あの鬼の形相で熊のような力でハグしてくる始末。
隣の大山田教頭が「校長、骨が折れます……」と小声でツッコむのが聞こえた。
だが、地獄はここからだった。
日も傾き、放課後のざわめきが落ち着きはじめた頃、生徒会室にはなぜか女子が十数人――ギュウギュウに押し込まれていた。
「ちょっと会長!どうなってるんですか!」
「そうですよ!告白タイムを作ってくれるって言ったのに……!」
「私……皇くんとお話がしたかったですぅ……」
女子たちの抗議を、雪乃会長――小早川雪乃は、額に冷や汗を浮かべながら受けていた。
「あ、あのごめんなさい……っ。生徒会主催イベントという性質上、どうしても正式な許可が……おりなくてですね……私も、最後まで努力したんですけど……っ」
しどろもどろの釈明をする会長に、女子たちの不満はとどまる気配を見せない。
一方そのころ、隣の部屋。仕切りのカーテン越しに、その様子を眺めていた俺と生徒会メンバーは――誰一人として助けるそぶりを見せていなかった。
「……まぁ、人の心を弄ぶ試みは、美しくないですからね」
副会長・錦野が、薔薇をくわえながら呟いた。誰がこの期に及んで薔薇を咥えるかね。
会計の咲は両手を腰にあててムスッとしている。
「全くその通りですよ!皇先輩も、ほっとけばいいんです!」
「アク ソク ザン」
アンドー先輩、絶対それは意味が違うと思うけど、気持ちは伝わってきた。
(とはいえ……)
俺は肩をすくめた。
あの十数人――俺に好意を抱いてくれていた女子たちの中には、顔を覚えている子も何人かいた。朝のあいさつをしてくれた子、廊下ですれ違った時に笑顔を見せてくれた子。何気ない、けれど暖かい好意だったのかもしれない。
生徒会室のドアを開け、俺は制服のまま中へ足を踏み入れた。
中の女子たちが、一斉にこちらを見る。雪乃は俺を見るなり、光り輝く笑顔を浮かべて両手を広げた。
「ガクトくん!これはその……誤解しないで欲しいの……!」
「……生徒会メンバーから、全部聞いたよ」
「はぅ……っ」
俯く雪乃。俺はそのまま女子たちの方に顔を向けて、深く頭を下げた。
「今回は、うちの生徒会長がとんだことをしてしまい、本当に申し訳ない」
「皇くんが謝ることじゃないよ!」
「そうよ!ガクトくんは悪くないわ!」
あちこちから声が飛ぶ。俺は軽く頷き、次の言葉を口にした。
「今回、会長が考えていたのは“見世物”としての告白大会だった。でも、もしよければこれから順番に、一人ずつ俺と話をするって形で、みんな手を打ってもらえないだろうか?」
その瞬間。
「そうね!それがいいわ!」
誰よりも元気に叫んだのは、雪乃だった。が――
「連れて行け!」
「はっ!」
隣室のカーテンがバッと開いて、生徒会メンバーが突入。アンドーが雪乃を軽々と担ぎ上げる。
「やめてぇえええ!ガクトくんのピンチを救っただけなのにぃぃぃ!」
「うるさい」
「きゃああああ!!」
バタバタと取り押さえられ、雪乃会長は連行されていった。
そして、生徒会室は一変して告白の場へと変貌した。
「ガクトくん、あの試合を見て、ますます好きになりました!」
「ガクトくん……私、毎日お弁当作ってるんです。よかったら、味見だけでも……!」
「好きです……ずっと、前から……!」
一人一人の真剣な想いに、俺は全て丁寧に向き合い、時に笑い、時に感謝し、時に申し訳なさそうに首を振った。
そして――数時間が経ち、最後の一人の女子が、目元を赤く染めながら俺の前に立っていた。
「……あの、もし良かったら……誰のことが好きなのか、聞いてもいい?」
俺は少しだけ視線を伏せ、それから静かに答えた。
「……名前は言えない。まだ俺も、告白すらしていないから。でも――俺のそばに、ずっと居てくれた人で……俺にとって大事な人だと、ごく最近、ようやく気づいた人なんだ」
「……やっぱり、あの子なのね……」
俺は、同意とも否定とも取れない表情で返した。
彼女は少しだけ微笑み、そして震える声で言った。
「……ガクトくん、ありがとう。あなたを好きになって良かった。でも、この気持ちは……消さないから!」
そして、軽く一礼をして、生徒会室のドアをそっと開けて出ていった。
静まり返った部屋の中、俺は背もたれに身を預けて、天井を見上げた。
「……ふ~」
思わず、深い溜息が漏れる。
たった数時間だったが――心のどこかに、心地よい疲労感と同時に、言葉にならない“重さ”が残っていた。
そのとき、ドアがガラッと開いた。
「終わったかな?」
錦野だった。後ろには、咲とアンドーが並んでいる。
「ああ……お前らも、遅くまでありがとうな」
「いやいや、礼には及びません」
錦野が手を振る。咲は少しだけ微笑んで言った。
「生徒会長のしでかした不始末ですから。当然のことですよ」
「オマエ エライ」
アンドーがどっしりした手で、俺の頭をポンと撫でる。
「お、おい……」
その手をやさしく払いながら、俺はゆっくり立ち上がった。
「首謀者の始末は……そっちで任せる」
視線の先では、ソファーに座り込んだ雪乃が、魂が抜けたような顔で揺れていた。
「うぅ……だって、みんなの青春を応援したかっただけなのにぃ……」
「お疲れさまでした、会長」
そう言い残して、生徒会室を出る。
時刻は午後八時を回っていた。空はすっかり群青色に染まり、遠くで虫の声が静かに鳴いていた。
(さて――次は、俺の番だ)
今日、いくつもの想いを受け取った俺は、ようやく一つの決意を固めつつあった。




