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沙羅の想い

 保健室の天井は、午後の光を受けてほんのりと白くぼやけて見えた。

 ガーゼが貼られた左の頬に、時おりひんやりとした風が触れる。窓が少し開いていて、外からは部活動の声が微かに届いていた。


「女の子だから心配したけど、これなら傷も残らないと思うわ……よかったわね」

 日比野先生がそう言いながら、優しく沙羅の額に冷たい手を当ててくれた。「あとはお母さんが迎えに来るまで休んでて」とだけ言って、カーテンの向こうに姿を消した。


 静かになった保健室。

 沙羅は、白い毛布を胸まで引き上げて、ゆっくりと目を閉じた。


 ――やっちゃったなぁ、僕。


 頭の中に、今日の出来事がフラッシュバックする。

 佐々木に絡まれたこと。無理やり手首を掴まれたこと。そして……廊下の窓ガラスに頭をぶつけたときの、鈍い痛み。


 でも、何よりも鮮明に残っているのは、

 ――岳人が、空から降ってくるように現れた、あの瞬間。


「……がくと、助けに来てくれたんだ……」


 呟いた自分の声が、保健室の静寂に吸い込まれていく。

 頬が熱くなるのを感じた。


 


 佐々木のことは、もちろん許せない。

 でも、それ以上に――自分の行動で、岳人に迷惑をかけてしまったことが、胸を苦しめていた。


 ……ただ、昔みたいに、話したかっただけなんだ。


 それだけなのに――なにを、こんなにこじらせてるんだろう。


 



 回想がふっと、幼い頃の記憶を引き寄せる。


『沙羅ー、もう一回勝負な!』 『うん!でも次は、ちゃんと手加減してよね?』


 日が落ちるまで河原で泥だらけになって遊んだ日々。

 木登りで負けて、泣きそうになったとき、岳人がそっと肩を貸してくれたこと。

 家族みたいに過ごしていた、かけがえのない日常。


 ――あの時間を、また取り戻したい。ただ、それだけだった。





 でも。

 それだけの想いで、毎日しつこく話しかけて、追いかけて……

 だけど、それでも、行動自体は間違っていなかったとも思っている。


「がくと、少しずつだけど……私のこと、前みたいに見てくれるようになってきたよね」


 小さく微笑みながら呟いたその声は、自分自身へのエールのようだった。


 


 ……やっぱり、中学の卒業式のあの子のこと、尾を引いてるのかな。


 女子と関わることにあんなに距離を取ってる岳人を見るたびに、沙羅の胸はちくりと痛んだ。


 外からは、陸上部のかけ声が聞こえてきた。

 春の空気を切るようなスパイクの音、掛け合う声――沙羅の胸に、小さな痛みと、懐かしさが広がっていく。


「……あの頃、がくとが剣道に夢中になってたの……すごくうらやましかったんだよ」


 中学で陸上を始めた理由。

 それは、自分もあの頃の岳人みたいに、何かに真剣になりたかったから。

 真似っこみたいだったけど、必死に頑張った。


 陸上はうまくいった。記録も伸びて、県大会にも出た。

 でも、中学3年の時、成績が伸びなやんだ。高校に入ってもそれは変わっていない。だから焦りが出ていたのも事実。

 


 そんなとき、再び目にした――岳人の姿。


 隣に住んでるのに、なぜかずっと顔を合わせなかったこの一年。

 ……いや、合わせられなかった。


 卒業式の日、岳人がフラれたあのとき、私は……。


「……笑っちゃったんだ、あの時」


 思い出すだけで、頬が痛くなる。後悔の痛み。


「ごめん……ほんとは、あの子のこと、取られる気がして怖かっただけなのに……」


 岳人が、誰かのものになる――それが、なんだかたまらなくイヤだった。


 


 だから。


 この高校を選んだ理由は、自宅から近いことでも、偏差値でもなかった。


 「がくとが、いるから」――それが、本当の理由だった。


 


 高校に入って、偶然出会ったあの日の朝。

 岳人の自転車に驚かされて、思わず声を上げた。

 あの時、心の中でこう叫んでた。


 ――これは、チャンスだ!


 仲直りするチャンス。

 昔みたいに、何でも話せる家族のような“幼なじみ”に――近くで、支え合える関係に戻れるチャンス。



 


 でも、一年ぶりに再会した岳人は――背が伸びて、雰囲気も変わっていて、なんだか知らない人みたいに見えた。


「……変わっちゃったのかな。がくと」


 そう思いながらも、沙羅は小さく首を横に振る。


「変わってなんかない……」


 今を逃したら、もう二度と――。


 そう思って、今日まで走ってきた。毎日、しつこくて、うざがられても。

 それでも、あきらめたくなかった。


 その時、保健室のドアが小さく開いた。

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