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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
恋のライバル編
109/113

そして向き合うとき

 「勝負あり!」


夏の陽射しが傾きかけたグラウンドに、ひときわ大きな拍手と歓声が響いた。人工芝のリングに、勝者として立っている俺――皇ガクト。だが、熱戦の余韻は、まだ胸の内で静かに燃えていた。


 その時だった。


「ガクトぉぉ!!」


 鈴を転がすような声が耳に飛び込んできたかと思うと、次の瞬間には、日焼けした腕が俺の首に絡みついていた。


「……ガクト、すごかった……!」


 沙羅だった。全身をぶつけるように飛びついてきた彼女を、俺は咄嗟に抱き留めた。汗でしっとりした肌の感触。強く抱いた瞬間、髪からふわりと香るフローラルシャンプーの匂いが鼻にすっと入り、ようやく――心から、勝利を実感できた。


 俺は小さく呟いた。


「……ああ、俺も……ようやく、楽しいと思えた」


 その言葉を聞いた沙羅が、俺の胸元で小さく笑う。照れくささを感じた瞬間、今度は別の鼻をすする音が背後から聞こえてきた。


「す……すべらぎぐぅぅん……グヒッ……!」


 振り返ると、五郎丸が涙で顔をくしゃくしゃにして立っていた。まるで幼稚園児の運動会を見に来た親のような顔つきで、ハンカチを鼻に押し当てながらこちらに近づいてくる。


「なんでお前が泣いてるんだよ!」


 思わずツッコむと、五郎丸はしゃくり上げながら言った。


「だっで……がぐどぐんが……くぅう……かがやいでで……!」


 聞き取れねぇよ……。俺と沙羅は思わず顔を見合わせて吹き出した。




 …そして、視線の端に、ゆっくりとこちらへ歩いてくる姿が映った。


 敗者となった服部真蔵。服部は千奈に背中を押されるようにしてゆっくりと歩いてくる視線は、俺と沙羅、両方を交互に見ていた。


 俺は沙羅と五郎丸に「ここにいてくれ」と目で伝え、ゆっくりと服部の方へ歩を進める。真ん中で俺たち二人は止まった。先ほどまでざわついていた会場も、今はふと静まりかえり、まるで俺たちの動きを見守っているかのようだ。


 服部はうつむいたまま、顔を上げようとしない。


「おい」


 俺が短く声をかけると、服部の肩がピクリと揺れた。


「服部、もっと胸を張れ。俺に負けたのが恥なのか? そうでないなら顔を上げろ。俺はまだまだ、お前の“壁”になってやれると思ってる」


 服部の肩が小刻みに震える。泣いているのだろうか。俺は少しだけ顔を近づけ、そっと耳元で言った。


「……あとな、俺にとって沙羅は大事な女性だ。お前にはやらねぇよ」


 その一言で、服部はガバッと顔を上げた。


 涙でぐしゃぐしゃの顔を俺に向け、鼻をすすりながら声を絞り出す。


「ウッ……クヒ……ガク……ト……先輩……俺……オデ……」


 言葉にはならなかったが、その感情は十分に伝わってきた。


 俺は無言で、そっと服部の肩をトントンと叩く。



 その様子を見て、沙羅と五郎丸が駆け寄ってきた。反対側からは千奈も慌てた様子で走ってくる。彼女は顔を真っ赤にしながら、兄の腕を強く引っ張った。


「お兄ちゃん……こっち、来なさい! もう、情けない顔して!」


「うぅ……すまん……」


千奈は小さな声で続ける。


「…でも、良かったね。お兄ちゃん…」


 服部が引きずられるようにして退場しながらも、最後にもう一度だけ俺の方を見て、小さく頭を下げた。その姿に、俺も軽く頷いて応えた。


その後、閉会式や表彰式などが滞りなく進められる中、挨拶を終えた生徒会長の小早川雪乃は会場脇のステージで、マイクを握りしめたまま表情を崩していた。その口元には珍しく、控えめな微笑。


 そこへ、解説を務めていた朝比奈祐子が近づいてくる。


「……あんたでも“無粋”って言葉がわかるみたいね、雪乃」


「祐子!……うるさいわね、分かってるわよ」


 雪乃は少し不機嫌そうにマイクをゆっくり後ろに隠す。


「本当は何をしでかすつもりだったんだい?」


「……ん~。優勝者に向けての“公開告白大会”とか?」


「……はぁ?」


 祐子の目が点になる。


 雪乃は頬を膨らませながら言葉を続けた。


「だって、“恋せよ乙女”のエントリー、十人以上来たのよ? ガクトくん以外に人気者って意味わかってる?」


「……あたしの後輩だからね。そりゃ当然でしょ」


 なぜか胸を張る祐子、そして雪乃に言う。


「それにしても、あほな企画考えたわね…」


「うるさいわね!やめるって言ってるんだから、いいでしょ!」


 いつものように火花を散らすふたり。だが、その表情にはどこか安堵があった。




 こうして、服部真蔵の告白から始まった一連の騒動は、ようやく幕を閉じた。


 そして今――俺が向き合うべき相手は、沙羅だ。


 俺はゆっくりと、彼女の方へ向き直った。

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