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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
恋のライバル編
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後輩の視線

陽射しがリングの人工芝を容赦なく炙る。蝉の声がグラウンドの端から端までを覆い尽くし、微かな風すら熱を帯びていた。


「さぁ!いよいよ決勝戦!やはり勝ち上がってきたのはこの二人!皇ガクト、服部真蔵、リングへ――!」


 実況の狩谷が呼ぶ声がスピーカーを震わせる中、俺は刀を握り直し、ゆっくりとリングに上がる。向かい側には、無言で立つ服部の姿。


 その立ち姿は、まるで木剣のように一切の揺らぎがない。蒸し暑さで額に浮かんだ汗も拭わず、ただ俺を見ている――いや、睨んでいるわけではない。あれは、見定める目だ。


(こいつ、本気だ……)


 ウレタン刀を構えたまま、俺もゆっくりと距離を詰めた。


 審判の教頭が手を上げる。


「始めッ!」


 合図と同時に、空気が割れた。


 先に動いたのは服部だった。低く鋭い踏み込みからの直線突き。避けざるを得ない一撃――間一髪で左へ体を捻ってかわし、逆にカウンターを狙うが、服部は既に一歩引いてガードを固めている。


(速い……前より、ずっと)


 俺は踏み込みをためらい、構えを取り直した。


 ――それもそのはずだ。服部真蔵は、たしかに“後輩”だが、甘く見たことはない。 


◆  ◆  ◆


 四月の、まだ桜の花が一部残っていた頃のことだ。


 新入生勧誘の中、剣道部にやってきた1年男子の一人――それが服部だった。まだ幼さの残る顔で、だが整った骨格と背の高さが印象的だった。


「君、名前は?」


「……服部真蔵です」


「経験者だね?」


「はい!小学校からずっと続けています」


 部長の質問によどみなく答える服部。その後、練習で面を付けるときに3年女子の洗礼が服部に降りかかる。


「あれ?服部の手ぬぐいに“忍”ってあるけど…服部ってさ、もしかして忍者の子孫とか?」


「…? 忍者かどうかは知りませんが、服部半蔵の分家筋だと親からは聞いています。」


「まじなの!」


彼は少しだけ黙って、それから手ぬぐいを頭に巻いた。その手ぬぐいが――黒地に白抜きで大きく一文字、「忍」。それを見た3年女子が騒ぎ出す。


「…ってか、それ……めっちゃ忍者じゃん!」


 キャハハと笑い声が響き、女子たちが面をのぞき込む。


「はいっ、今日から君は“ハットリくん”ね!」


「にんにん♪」


 その日から、服部真蔵には“ハットリくん”という仇名が定着した。


 それでも、服部は一言も嫌だとは言わなかった。むしろ、静かに受け入れたように見えた。


 ――その彼が、ある日俺に近づいてきて声をかけたのだ。


「皇先輩は、すごいです」


「……ん?」


「僕、ちゃんと見てました。新入生向けの模範試合、先輩の試合だけ、空気が違ってました」


「はあ……」


「あの“間合い”……あれが“強さ”っていうものなんだと思います。僕…いえ!俺も、ああなりたいって思ったんです」


 そのとき、初めて俺は、後輩に“憧れられる”という感情を知った。


◆  ◆  ◆


「はあッ!」


 服部の踏み込みが、今はもう4月の時のそれじゃない。強くそして“深い”。最短で懐に入り、最小の動作で打つ。それは剣道の基本だが、体現できる奴は少ない。


 右肩へ一撃――俺は下がりながら刀で受け流す。衝撃が腕に残り、手のひらが少ししびれる。


(こいつ、本当に俺を追い越す気なんだな……)


 観客席の沙羅が小さく息を飲んだのが見えた。放送席からは狩谷の実況が弾む。


『両者一歩も譲らない展開! ガクト選手、服部選手、まさに“エース級”同士の戦いです!』


『うん、これは熱いね~。でもガクトくん、ちょっと受けに回りすぎてる。攻めて!攻めてぇ!』


 朝比奈先輩の檄が飛ぶ。俺は歯を食いしばり、足を踏み出す。


「せいッ!」


 鋭く振り抜いた一撃。服部は腕で受けた――


「一本!」


 審判の声が響いた瞬間、観客席から歓声が上がる。だが、服部は顔色ひとつ変えず、礼をして構え直した。


 呼吸が荒くなる。額の汗が目に入る。


(一本……でも、この試合はまだ“勝ち”じゃない)


 対する服部は、静かに眼を細めて笑った。


「先輩、さすがです。でも……」


「……?」


「今度こそ、本気で、先輩を越えます」


 次の瞬間、服部の動きが変わった。


 鋭く、迷いなく、まっすぐ――服部に初めて模範試合を見せたあの日、スランプに陥る前の俺、あいつが言っていた“皇ガクト”そのもののように。


 胸が熱くなった。俺が“背中を見せた”ことを、こいつはちゃんと見ていた。


 そして今、その背中に――追いつこうとしている。


「――来いよ、ハットリくん!」


 俺が叫ぶと、観客席の一部が湧いた。服部の顔が赤く染まったの画面越しにも見えたが、それでも真っ直ぐに俺を見据えたまま、構えを解かない。


 この試合、ここで終わらせるには惜しい。


 もっと、全力で――こいつと戦いたい。


 気づけば、俺は笑っていた。


 まるで去年、剣道を再開したあの頃のように、ただ、強いやつと“ぶつかる”ことが楽しくて、誇らしくて、熱くなるような、あの感覚。


 次の一撃で、たぶん状況は変わる。

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