仮面の下
午後の陽射しはますます強くなり、校庭の白砂が眩しく照り返していた。
仮設席では、うちわを仰ぐ音と熱気に混じって、観客たちのざわつきが止まらなかった。
「おい……まさか皇でも、あいつに押されてねぇか?」
「嘘だろ? 新田ってジャージの地味な奴だろ? あんなのが……」
観客の声が、次第に驚きと疑念に変わっていく。
「現在、準決勝第一試合! 皇ガクトvs新田芳樹! 序盤の攻防を経て、現在は互角のにらみ合い……いや、それ以上か!? 朝比奈先輩!」
「んー……ガクト、押されてるね。新田くん、見た目と違って、ヤバいよ。あれ、相当強い」
実況の刈谷が音を割りそうなマイクで叫ぶなか、俺は構えを保ったまま新田の動きを探っていた。
(……やっぱり、只者じゃねぇな)
俺の剣道スタイルに対し、新田は中国拳法の流れを汲んだ動き――太極拳にも似た、無駄のない足運びと体捌き。
得物は短刀一本、距離を詰められれば不利だが、それを承知で攻めてくる胆力。
(……多分、素手の格闘が本業。だからこそ、最も小さい武器を選んでる。得意分野に近づけるために)
この種の武術家は、形式やルールに縛られる場では力を発揮しにくい。
そして、護身術を重視する近年の中国拳法は、カウンター技に特化している。
(つまり、俺が仕掛ければその瞬間を取られる。だったら……)
俺は守勢に回り、観察を続けた。新田は焦れたように動きが増えていく。残り時間を意識しているのだ。
(技量は奴の方が上。でも――奴の土俵はここじゃない。ここはスポーツチャンバラの舞台だ)
状況は、互角。
いや、ほんの少しだけ、俺に利がある。
(あと一歩……。前もって打った布石が、間に合えば……)
教頭が俺の消極的な動きに業を煮やし、もうすぐ警告を出すだろう。
そのとき。
「皇くんーっ!!!」
砂を蹴って走り込んでくる男の姿。
五郎丸隆。
「やっと来たか……!」
セコンド席の沙羅の隣に滑り込むように立つと、息を切らしながら叫ぶ。
「皇くんの予想、当たってましたよ! 新田は、うちの生徒じゃありません!!」
その言葉が届いた一瞬、新田の目線がわずかに五郎丸へ逸れた。
「今だ!」
一気に踏み込む。
新田の目が驚きに見開かれ、反射的に身をよじる。
だが、遅い。
踏み込みの速さと、長剣のリーチは――その動きを超える!
「バシィッ!!」
ウレタン剣が、新田の右脇腹を明確に捉えた。
「一本! 勝負あり、それまで!!」
教頭の声と同時に、会場がどよめいた。
「勝ったあああああ!! 皇ガクト、決勝進出が決定しましたぁぁ!!」
刈谷の実況が興奮に震える。仮設席の応援団が歓声を上げ、セコンド席で沙羅が両手を突き上げる。
「やったああ! ガクトーーー!!」
信じられないという表情で、右脇腹を押さえたまま立ち尽くす新田。
そして、ふっと苦笑した。
「いやぁ……参った参った。まさか、そんな策を用意してるなんてね……」
俺の前で、頭をかきながら言う。
「ガクトくん、君は凄いね。いずれ実力でも追い抜かれるかもしれないな……ほんと、やられたよ」
その時、教頭の大山田が何かを察したように顔色を変え、五郎丸から耳打ちされていた。
「あなた……お話があります。ついてきてください」
鬼の形相で近づく教頭に、新田は両手を挙げてにやりと笑う。
「ハイハイ、逃げませんってば。降参、降参」
新田は、教師たちに囲まれながら静かに退場していった。
俺への勝利の歓声は、一瞬で彼の退場にかき消された。
俺はこっそりと試合場を後にした。
控室で五郎丸が言う。
「しかし、皇くん、どうして彼がうちの生徒じゃないって分かったんです?」
沙羅も、俺の肩をぽんと叩いて言う。
「そうだよガクト、なんで分かったの?」
「……俺、生徒会だし。学校の部活、全部把握してるから」
顛末はこうだ。
試合開始前、新田の動きに違和感を覚えた俺は、五郎丸に頼んで2年の学年主任に新田の事を聞いてもらった。
結果、主任は「新田を知らない」と一言。
名簿にも該当なし。
それを五郎丸に試合中に伝えてもらうよう頼んだのだ。
後日分かったことなのだが、新田芳樹は、生徒会長・小早川雪乃のいとこ。
大学で少林寺拳法を学び、全国優勝経験を持って居るという。
生徒会長が校長の許可を取り、大会を盛り上げるために“刺客”として用意されたらしい。
「随分と苦戦してましたね、先輩」
その声に振り返ると、そこには黒いオーラをまとった服部真蔵がいた。
「ああ……心配かけたな」
俺が言うと、服部は無言で背を向けて歩き去っていった。
――いよいよ、決勝戦。
対戦相手は、まだ決まっていない。
だが、俺は分かっていた。
あいつが来ると…




