世界の端で待つ者
夏の日差しが、校庭の白砂をますます白く照らしていた。試合場で準決勝の一戦が始まろうとしている。観客席は騒がしく、風は生ぬるく、空はどこまでも青い。
「続いての試合は準決勝第一試合! 桜が丘剣道部の皇岳人選手、そして対するはスポーツチャンバラ同好会の新田芳樹選手!」
放送部の刈谷が声を張り上げると、場内から一段高い歓声が巻き起こった。
俺は紺色の剣道着を着て、素足のまま試合場に立つ。長いウレタン剣を両手でしっかりと構えた。着古して少し色の落ちた道着の肩が、陽射しを受けて淡く照らされている。
対する新田は、さきほどと変わらず学校指定の青ジャージに足袋。そして片手に持つ短刀型のウレタン剣。どこか気だるげな姿勢のまま、しかし、すでに試合場の空気を自分のものにしていた。
準決勝ということもあり教頭の大山田先生が、ハンドマイクでルール説明を改めて行う。場内の空気が徐々に張りつめる中、新田がこちらに顔を向け、ふっと微笑んだ。
「皇くんって、桜が丘高校最強を自負してるんだって? でもね、世界は広いってこと……僕が教えてあげるよ」
その言葉に、俺も口元だけで応じる。
「ありがとう。……でも俺はもう知ってるんだ、世界が広いってことはね」
新田は、それに対して一切の表情を変えなかった。まるで最初から、どんな反応も“織り込み済み”とでも言わんばかりに。
試合開始の合図が鳴った。
その瞬間、俺は一気に距離を詰め、真っ向から面を狙った。
“パシィィッ!”
鋭い音が響き、観客がどよめく。新田の額を、俺の長剣が正確に捉えた。
「一本! 皇岳人!」
場内が盛り上がる中、セコンド席の沙羅が両腕を振って騒いでいた。
「きゃー! ガクトすごいすごいっ! ほら、五郎丸先輩も見てくださいよー! ……あれ? ごろーまるせんぱーい!?」
沙羅の声が試合場の外で響いていたが、俺はそれを聞きながらも、新田の顔から目を離さなかった。
新田は……笑っていた。
あれは、明らかに"わざと受けた"顔だった。俺の一撃が見えなかったわけじゃない。
むしろ、俺を“試していた”。
(……ここまでは、想定内って顔かよ)
腹の底が微かに熱くなる。だが、俺もここまでは想定内だ。
むしろこれからが本番。
――新田芳樹。
こいつのことを、俺は本当に知らない。
桜が丘高校の二年生は全体で250人ちょっと。名前は知らなくても、顔くらいはほとんどのやつを見たことがある。
でも、新田は見覚えがない。
しかも――
スポーツチャンバラ同好会、という存在も、この大会で初めて知った。
俺は一応、生徒会の補佐だ。あの26億円問題の影響で、全ての部活動・同好会・それに満たないかクラブ活動のリストにも目を通していた。
なのに、その名は記憶にない。
この事実から導かれる推測は二つ。
――スポーツチャンバラ同好会は、この大会をきっかけに新設された団体であること。
――そして、新田芳樹はその創設者、または中心人物。
つまりこの試合は、ただの準決勝なんかじゃない。
この男がどこから来て、何を狙っているのか。それを見極める戦いでもある。
風が吹く。夏の熱気に混ざって、砂埃がふわりと舞った。
新田が足をわずかに開いた。




