男冥利
真夏の午後。校庭の熱気は容赦なく地表から跳ね返り、試合場の白砂に滲んだ熱がゆらりと揺れる。観客席の一部に設置された天幕や簡易テントも、もはや気休め程度の影しかつくらず、肌に触れる風さえぬるかった。
二回戦を終えた俺は、校庭を離れて道場へと向かっていた。
「ガクト、どこ行くの?」
沙羅が心配そうに後をついてくる。その隣で、五郎丸もメガネを押さえながら口を開いた。
「皇くん、水分補給はした方が良いですぞ…」
「すまない、ちょっと一人にしもらっていいか?」
そう言って、俺は道場の引き戸を開けた。
昼の陽射しに照らされた板張りの床は熱を帯びている。窓は開け放たれていたが、空気は籠もっており、夏特有の木の床と汗が混ざった匂いがかすかに鼻に残った。
一礼してから、道場奥の神棚の前に正座する。深呼吸一つ。耳を澄ますと、校庭から響いてくる実況と歓声が微かに聞こえた。
それらが、次第に遠ざかっていく。
雑念がほどけていく。
俺はこの大会で――必ず優勝する。
なぜか?
一つは、服部のためだ。
あいつは正面から、堂々と俺に勝負を挑んできた。そして、沙羅のことを好きだと公言し、告白もしていた。俺のことを「尊敬する先輩」と言ったあいつに対して、中途半端な姿は見せられない。
俺が勝って、優勝して、あいつに胸を張って立ってやらなきゃいけない。それが、俺にできる誠意だと思った。
そしてもう一つ。
沙羅に対して、俺の気持ちにけりをつけるため。
俺は沙羅が好きだ。大事に思っている。
一人の女性として、愛している。
でも――あの日の雷雨で、先に沙羅に告白されてしまった。
沙羅は、それ以降何も言わない。彼女にしてくれとか、自分の気持ちを押し付けてきたりはしない。
でも……
きっと、待ってる。
俺が、ちゃんと向き合うのを。
だから、俺はこの大会で優勝して、沙羅に気持ちを伝える。
これは、決めていることだ。
最初は、正直言って、敵は服部だけだと思ってた。
ところがどうだ。
俺に対して敵意を燃やしてくるやつが、次から次へと現れる。
学校最強を自負してる俺に、物申したいやつがこんなにいたのか。
なんというか、こういうの……
男冥利に尽きるってやつだな。
どこか懐かしい言葉を心の中で呟いて、肩の力を抜いた。
「……ト……クト……ガクト!」
声がして、肩が揺すられる感覚。
意識を現実に戻すと、沙羅が目の前でしゃがみこんでいた。
「ガクト、大丈夫? ずっと呼んでたんだけど……」
「皇くん、瞑想とは……さすがですな」
五郎丸が感心したように言って、メガネをくいっと押し上げる。
俺は息を整えて、二人の顔を見た。
「もうすぐ準決勝だよ。ほんとに大丈夫なの?」
「……ああ。おかげさまで、頭の中がすっきりしたよ」
そう答えると、沙羅がぽかんと目を丸くした。
「どした?」
俺の問いに、沙羅は目を逸らしながら言った。
「……なんか、ガクトがちょっとだけ、遠くに行っちゃいそうに見えた」
それを聞いて、俺は思わず笑った。
「大丈夫だ。俺はここにいる」
そう言って立ち上がると、汗ばんだ道場の空気が肌を包んだ。




