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俺思う、ゆえに俺あり!  作者: ミスター小町
恋のライバル編
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静かなる凶兆

 真夏の午後。校庭の熱気は容赦なく地表から跳ね返り、試合場の白砂に滲んだ熱がゆらりと揺れる。観客席に設置された簡易テントも、もはや気休め程度の影しかつくらず、肌に触れる風さえぬるかった。


 二回戦を終えた俺は、水を飲んだだけでそのまま観客席の隅に腰を下ろしていた。


「ねぇガクト、こんな場所で休めるの?日陰に行った方が良いよ…」


総俺を心配する沙羅、そして…


「そうですぞ、皇くん。体を休めるのも試合の一環ですぞ!」


 隣で、黒縁メガネを指で上げながら五郎丸が言った。


「ちょっとな」


 俺は曖昧に二人に返事をし、試合場に目をやる。刈谷のアナウンスがスピーカー越しに響いた。


「さあ、まもなく二回戦次戦です! 登場するのは、スポーツチャンバラ同好会・二年の新田芳樹選手。そして対するは、体操部の期待の星! 一年、鎌倉大地選手です!」


 場内がざわつく。


 新田芳樹。


 名前に聞き覚えはなかった。


 上下ジャージ、寝癖の跳ねた前髪、足袋姿。まるで体育の補習に来たような風貌に、観客席からクスクスと笑いが漏れる。


 だが。


 試合場に上がった新田の歩き方を見た瞬間、俺の背筋がぴりりと強張った。


 ――動きに、無駄がない。


 試合会場に来た時一回跳びはねたのだが着地音がほとんどしない。全身の重心移動が、滑らかで途切れない。その所作は、まるで太極拳の達人のような、ゆっくりとした“流れ”をまとっていた。


(……なんだ、あいつ)


 隣から沙羅がペットボトルを差し出してきた。


「ガクト、ちゃんと水分補給して。倒れたらぶっ飛ばすからね」


「ああ」


 受け取って口をつけたものの、視線は試合場から離せなかった。


「いよいよ試合開始です! 青コーナー、体操部の鎌倉選手は、今大会でも随一の運動神経を誇る体操部の新星! 一方、赤コーナー、新田選手は……えーと、スポーツチャンバラの本家なんですが…動きが、地味です!」


 刈谷の実況が若干困惑気味に会場へ響き、笑いが起こる。


 開始の笛が鳴った。


 鎌倉は予想通り、開幕から回転動作を取り入れた低空ステップで間合いを詰めてくる。

 体操部らしく床運動を思わせる柔らかなステップイン。くるりと身体をひねって、足元から跳ね上がるように新田の腹部を狙った――その瞬間、


「一本! 青、鎌倉選手!」


 会場から拍手と歓声が上がる。


「おっと、あっさり先取したのは鎌倉大地ー! やはり華がある選手です!」


「ガクト、今の見えた? すっごくない?」


「……ああ」


 沙羅の声に、俺はうなずきながらも内心では違う視点で試合を追っていた。


 新田は、その一撃を受ける直前、ほんのわずかに身体を引いた。わずかに。そして、目が笑っていなかった。


 演技――あるいは、観察。


 二本目が始まる。


 鎌倉が煽るように声を張りながら跳ね回る。観客を意識しているのが丸わかりのパフォーマンス。短刀型のソードを翻し、左右から一気に畳みかけるような動き。


 新田は、相変わらず構えは低く、動きは鈍く見える。


 だが――


(今、少し……)


 鎌倉が最後の決め技として跳び上がった瞬間。俺の目は、その瞬間、新田の左足が微かに動き、鎌倉の着地寸前の軸足を押した。ほんのわずかに…


 刹那、


 「ぐっ……!」


 鎌倉が足を取られ、着地と同時にバランスを崩し、ぐしゃりと倒れ込む。


 観客から悲鳴混じりのざわめきが広がる。


「試合中断! ただいま、医療班が試合場に入ります!」


 場内アナウンスが鳴り響く。


 担架が運ばれ、鎌倉は苦悶の表情で運び出されていく。


「右足首の捻挫、試合続行は不可能と判断……この試合、新田選手の勝利とします」


 新田は深々と頭を下げ、申し訳なさそうにその場を後にした。


 「え、勝っちゃったの?」

 「なんか、納得いかねー……」


 そんなヤジが飛び交う中、


 退場する新田が、俺のすぐ脇を通りすぎた。


「……次は君だよ」


 小さく、低く、はっきりと。


 言葉は空気に溶けたが、俺の耳には残響のように残っていた。


 汗が、背筋をつうっと流れる。


 全国大会で、俺より強いやつに敗けたことはある。だが、その時も、まだ“勝てる可能性”は感じていた。


 今。


 初めて、“負けるかもしれない”という予感が起きていた。


「ガクト? どうしたの……?」


 沙羅の声が、遠くに聞こえた。


「皇くん、顔色が……」


 五郎丸の声も、どこかくぐもって聞こえていた。


 俺の視線の先、試合場にはもう誰もいなかった。


 ただ、砂に残されたやつの足跡が、異様に鮮やか似見えた。

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