高坂、破れたり!
夏の校庭。
砂の照り返しと、仮設席にこもる熱気がじわじわと観客たちを包み込む。
さっきまで歓声をかき消していた蝉の鳴き声も、今はなりを潜めていた。
「いよいよ勝負は最終局面! 二回戦、皇ガクトvs高坂万丈! 一本ずつ取り合って、あとがない両者のラストバウトです!」
実況席の刈谷が高ぶる声で叫ぶと、スピーカーが音を割る寸前の音量で会場を揺らした。
「さぁ、見せてくれよ、男子の意地ってやつを! ガクトくん、やったれー!」
解説席の朝比奈先輩ががなるように叫ぶと、仮設席の一角――女子陸上部の応援団からワッと歓声があがる。
三本目。
俺は構えを変えた。
右手に長めのソード。左手には――短剣型のセーフティソード。
「……二刀流だと?」
正面の高坂が、面の下で目を見開く。
「反則だろ、それ! 二本持ちとか聞いてねえぞ!」
「はいはい、ストップ!」
すぐさま試合場に入り込んだのは、教頭の大山田先生。ハンドマイクを持ち、淡々と告げた。
「スポーツチャンバラにおいて、刀の本数は一刀・二刀ともに使用可能。安全が確保されていれば、競技規則上、問題ありません」
「くっ……!」
高坂が地面を蹴った。だが、闘志はまだ失われていない。
「なんでもアリのチャンバラってわけかよ……面白ぇ!」
吹き荒れる風が、砂ぼこりを舞い上げる。日差しは高く、雲一つない空。
その下で、俺たちは再び距離を詰めた。
左手の短剣で牽制し、右手の長刀で斬り込む。高坂は素早くかわしてくるが、明らかに動きが硬い。
フェンシングは一刀流が基本。二方向からの同時攻撃には慣れていない。
その時、試合場脇でセコンドをしていた沙羅の背後から声が飛んだ。
「いや、見事な判断ですよ。剣道とフェンシングの“思想の融合”ですから」
聞き慣れた口調に、沙羅が思わず振り返る。
「五郎丸先輩!? いつからそこにいたの!?」
沙羅の隣には、ひょろっとした黒縁メガネの男子。
白衣のようなものを肩にかけ、腕を組んでいた。
「二刀流とはですね! もともとは実戦向きというより、精神性の表現でもあるのです。宮本武蔵が佐々木小次郎との巌流島決戦で使ったとされ――」
「って、語ってる場合!? 試合中だよ!」
沙羅がツッコむが、五郎丸は動じない。
「皇くんの使い方は、ゲーム的な二刀流ではなく、“片手を捨てて意識を散らす”という戦術。僕は評価します!」
解説席の朝比奈先輩がニヤリと笑った。
「へー。あのヒョロメガネ、けっこういいとこ見るじゃん」
俺はふたりの声を背中に感じながら、短剣を小さく振った。
高坂の視線が揺れる。
その刹那――。
砂ぼこりがさらに舞い、観客の視界が一瞬、霞んだ。
「……あれ、海?……ここ…砂浜??」
誰かのつぶやきが、ざわつく空気の中で聞こえた。
錯覚だ。だが、そう思ってしまうくらいには、この戦いは――
もう学校のイベントの域を超えていた。
波打ち際のような白砂――幻の舞台で、高坂が構え直す。
「来い、皇ッ……二刀だろうと止めてやる!」
俺は短剣を前に出し、すっと横へスライド。
高坂も反応し、併走するように動き出す。
――波打ち際に並んで走る二人の剣士。
俺は高坂の刃をほんの少しだけ弾いた。そして、
「……これで終わりだ!」
右手の長刀を、大きく振り抜いた。
“ピシッ”。
高坂の銀面が弾けるように揺れ、俺の右手の刃がその首もとをなぞる。
観客席から、女子たちの悲鳴が上がった。
「首が……!」
落ちたように見えたのだろう。
実際は、柔らかな刀身がぶつかっただけ。ただ、風と角度と音が、あまりにも絶妙だった。
笛の音が鳴り響く。
「勝負あり!」
審判と同時に、教頭が試合場へと進み出る。
「皇岳人、二本目を奪取。これにて皇くんの勝利と認定します」
高坂は膝をついたまま、しばらく呆然としていたが、やがてうなだれて深く頭を下げた。
「……負けた。完全に、対応できなかった」
俺も息を整えながら、一礼する。
「ありがとう。……強かったよ」
試合場を下りると、沙羅が駆け寄ってきた。
「お疲れ! ……マジでビビったからね、あの一撃」
「悪かったな。ちょっと演出しすぎたかも」
俺が苦笑すると、沙羅はぷいとそっぽを向いたが、その耳はほんのり赤い。
「……まあ、カッコよかったけど」
その小さな声に、俺は少しだけ頬が緩むのを感じた。
と、その空気をかき消すように、放送席の刈谷が声を張り上げた。
「さぁーて! 二回戦は全試合終了! いよいよ三回戦へ突入です!」
「そしてその第一試合に登場するのは――スポーツチャンバラ同好会! 二年、新田芳樹選手!」
名前を呼ばれた青年が、のそのそと試合場へ向かって歩いていく。
上下とも学校指定の青ジャージ。前髪は寝癖で跳ね、足元は靴ではなく足袋をはいていた。
会場がざわついた。
「……え、弱そう……」
「これ、間違って体育の補習来ちゃった人じゃない?」
だが――
その新田が顔を上げたとき、俺は直感した。
――油断しちゃいけない。
ゆらりとした歩きの中に、妙な“間”がある。力みのない、無駄のない一歩。
俺の第六感が、小さく警鐘を鳴らしていた。




