第7話
家の前まで辿りつくと、マリーおばさんが家の前に待っていた。
「ただいま」
小鳥がおずおずと前に行くと、力いっぱい抱きしめられる。
「おばばさまのところに行くなら行くって言っておくれ。心配したんだよ。もうこの子は!」
怒った口調とは裏腹に暖かい。
すると、いつもなら畑に出ているマシューおじさんまで戸口から出てきた。
マリーおばさんとは対照的な痩せ型ののっぽである。
「マシューおじさん、マリ―おばさん。心配かけてごめんなさい」
マリーおばさんの力強い抱擁から解放され、項垂れる小鳥をマシューおじさんはぽんと頭を撫でる。
「……これからフルーボーの収穫をするから手伝ってくれ」
そう言ってマシューおじさんは畑のほうへ歩き出す。
「まったく、あの人はしょうがないねえ。おばばさまからの連絡が来るまで『外に探しにいく』って慌ててたんだよ」
普段は寡黙で黙々と働くマシューおじさんの様子からは考えられないことだ。
「トリィ、朝ご飯は食べたかい?」
「はい!」
小鳥はそうマリーおばさんに言って、元気よくマシューおじさんを追いかけて走り出す。
「マシューおじさーん!」
マリーおばさんは二人が並んだのを見て微笑むと家の中に戻った。
それから、小鳥はちょくちょくおばばさまのところへ通うようになった。
「おばばさま。マリーおばさんの木苺のパイを持ってきました」
「おや、小鳥。また来たのかい」
そう言ってヒッヒッヒと笑う。
その深緑の目は優しい。
おばあちゃん子だった小鳥は、すっかりおばばさまのことが好きになっていた。
食べられる、なんて思ってごめんなさい。
そうして訪れるとおばばさまはこちらの世界について教えてくれた。
「 古の昔、神は世界をつくりたもうたとき地、火、空、水、風の五つの力を吹き込んだ。五つの力は互いにぶつかり合い、打ち消しあい、そして新たに生み出し、渦をえがき混沌がしばらく続いた。しかし、それは次第に終息し、空間に天が現れ、大地が盛り上がり、大地から火が噴き出し、火が風を呼び、天には雲が立ち込め雨が降り続き、大地の火を鎮め、水が地にたまりそれが海となった。それらは生まれたばかりの不安定さを残しながら徐々に安定していき、昼と夜ができた。それが七日七晩続くと、命あるものが生まれた。大地に命あるものが多くなると意思をもち言葉を使うようになった。そして、すべてのものに名をつけた。それが世界のはじまりである……これがこの世界のはじまりを伝える創世記の冒頭だよ」
小鳥のもといた世界にもこのような神話はあった。
ふんふん、と小鳥が聞いているのを確認しておばばさまが続ける。
「この世界は地、火、空、水、風の力が均衡してできている。目に見えないが、すべてはそれを安定なさしめんがため動いている。それはずっと同じようでいて流れているものなんだよ」
「なんだか複雑ですね」
「言葉で考えるから難しいのさ。言葉を理解するってことは、自分自身にそれを刻みつけることさね。『歩く』ってことを言葉で説明するのは難しいだろ。それと一緒さ」
なんだかわかったようなわからないような顔を小鳥がしていると、おばばさまは笑う。
「この森はね。『いざないの森』なんて言われているが、魔法使いからは『繋ぐ森』とも呼ばれておる」
「繋ぐ森?」
「この森は特別でね。この世界の力が特別濃いところなんだよ。伝承によれば大神ベネフィキウムがこの場所から力を吹き込んだとされているんだよ。この世界の命の根源、そして世界の境目を意味しているのさ」
「この森の植物はすごく大きいのはそのせいですか」
「まあ、そういうことだね。森深くは力が濃すぎて人間はやられちまう。この森奥深くに踏み入れて帰ってこないのはそのせいだよ」
「それで『繋ぐ森』っていうのはどういう意味ですか」
「力が濃い故にここのバランスは不安定なんだよ。この世の始まりも混沌だった。力が濃い場所には歪が生まれる。その歪が時として異なる世界をつないでしまうのさ」
「私はその歪に入ってしまったということですね」
「なかなか良い生徒だね」
おばばさまは満足げに笑う。
「しかし、歪に入れば元の世界に戻れるというものではない。折よく歪が出るとは限らぬしな。森の中でさ迷いのたれ死ぬか……運よく歪に入ったとしても元の世界に戻れる保証はない。一生、時空の狭間をさ迷うか。はたまた、また別の世界に行ってしまうか……こればっかりは私にもわからないね」
「……私ってもしかしなくても運がいいんでしょうか」
ヒッヒッヒとおばばさまはいつものように笑った。
「そうさね。森の入口付近まで無事辿りつき、獣に食われなかったというのは運がいいさね……もしくは……」
「もしくは?」
「いやなんでもないよ。今日はもうこれでおしまいじゃ。日が暮れてしまうからの」
おばばさまの言葉に小鳥も慌てる。
マリーおばさんに日暮れまでに帰る、と言って来たのだった。
「おばばさま。また、きます」
「ああ、待ってるよ」
慌ただしく出て行った小鳥を見送りながらおばばさまは呟いた。
「もしくは……この世界の意思かもしれんの……」