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第5話

 普通ならもともと自分が住んでいた世界から突然見も知らない世界に放り出されたら帰りたいと強く願うのが当たり前だろう。

 しかし、小鳥ははっきりとそうとも言えず口ごもった。

「マリーおばさんとマシューおじさんは優しくしてくれるし、エリンという友達もできました……何カ月も過ごしたこの場所に愛着を持ち始めているのも事実です」

 素姓のわからない小鳥を暖かく迎えてくれた夫婦、仲良くしてくれる友達……少しずつ少しずつ小鳥の心の中にこの世界で大切なものが増えていく。

「でも……突然いなくなった家族が悲しんでいるかと思うと……」

 ぽつりぽつりと語る小鳥に耳を傾けるおばばさまはじっと聞いていてくれる。

「帰れなくともこちらで元気にやってると家族に伝えたいです」

 そう言って小鳥はおばばさまを見た。

 こちらに来たばかりのころはただただ生活に慣れることに必死だった。

 家族のように迎えてくれた二人……だからこそ小鳥は二人の前で「帰りたい」とは言えなかった。

 黙っておばばさまは小鳥を見守る。

 すっとおばばさまの手が伸びて小鳥の頬を拭う。

 その時、小鳥ははじめて自分が泣いていることに気付いた。

 俯いた小鳥の頭を優しく撫でる手はさらに小鳥の涙腺を崩壊させぼたぼたと涙を流す。

 森をさ迷った時は泣くどころじゃなかった。

 マリーおばさんもマシューおばさんもやさしく接してくれたが、めそめそ泣いて「お前なんていらない」と言われるのが怖かった。

 「異世界からきた」なんて言って白い目で見られるのも怖くて本当のことも言えなかった。

 毎日いろんなことを教わり邪魔にならないように手伝いをした。

 その生活は穏やかで楽しかったが、知らず知らずのうちに心にずっと緊張を強いてきたことに気付く。

 おばばさまは隣に座りやさしく頭を撫でる。

 気付けば小鳥はおばばさまにすがりついて泣いていた。

「よしよし。一人でつらかったね」

 おばばさまはぽんぽんと小鳥の背中をたたく。

 元の世界の祖母にも小さいころ同じようにされたことを思い出す。

 おばあちゃん子だった小鳥は小さなころ泣き始めると祖母にこうやって慰められた。

 それを思い出し小鳥はまた涙があふれた。






「ことりの目、へんな色~」

「きもちわるい!近寄んな!」

「みんな、向こうで遊ぼうよ」


 数人の子供の影が遠のいていく。

 笑い声が響く。


 まって

 まってよう

 わたしもなかまにいれて


 そんな小鳥の言葉も届かず影は遠ざかる。

 小鳥も追いかけようとするが足が上手く動かない。

 小鳥はうずくまり泣いた。

 

 どうして、ことりをなかまはずれにするの?


 小さな手で他の子たちとは違う目からあふれる涙をぬぐう。 

 遠くでは楽しそうな子どもたちの声。


 ことりだってすきでこんないろのめじゃないのに



 







 


 小鳥の目は日本人ならあり得ない紫色をしていた。

 小さなころからそのことで村の子供たちからいじめられることはしょっちゅうだった。

 小鳥が住んでいたのは閉鎖的な山村、子供の数より老人の数のほうが多くいような過疎化が進んだ村だ。

 小鳥はその村の神社の家に生まれ、母は日本人、父は婿養子で入った村でも珍しい外国人。

 外国人といっても父の目や髪はやや茶色がかってていて目鼻立ちが日本人より幾分はっきりしたような容姿をしていた。

 小鳥は母の日本人らしい面立ちを受け継ぎながら瞳の色だけは紫色だった。

 村の古い考えを持つ老人たちが「きっと山神さまの子なんだよ」などとと噂しているのを幼いころの小鳥は聞いてしまったこともあった。

 二つ下の弟はほとんど皆と変わらぬ容姿で余計にそれに拍車をかけた。

 村の子供たちは、そんな大人の様子を敏感に察知したのだろう。

 ひどいいじめというわけではなかっただが、いつも仲間はずれされ小鳥はいつも一人で遊んでいた。

 外国人である父のことさえ村の人たちは何やら言っているのに、やさしかった父も母も容姿のせいでいじめられることを知ったら悲しむ。

 小鳥は家族には黙っていたが、我慢できず家で一人で泣いているとなぜだか祖母に見つかった。

 祖母も事情をなんとなく察していたのだろう。

「どうしたんだい。おばあちゃんは小鳥の目はきれいだと思うよ。大丈夫、大丈夫。本当に小鳥自身を見てくれる人はきっといるから」

 そう言っていつもぽんぽんと小鳥の小さな背中をたたいてあやしながら言ってくれた。

 

 ことりが高校生になって村から出て通うことになっても、やはり瞳の色で奇異の視線で見られた。

 小さなころのような表立ったものではなかったが、なんとなく一線を引いたような感じは拭えず小鳥もあきらめの気持ちもあって親しい友人はつくれなかった。


 小鳥がこの世界に来たきっかけは、17歳の夏祭りのとき。

 小鳥の家の神社の境内で行われるそれは小鳥も毎年のように手伝いをしたが、手伝いが終わると一緒に祭りをまわる友人もいない小鳥は手持無沙汰になってしまった。

 だから、小鳥は祭りの喧騒を離れぶらぶらと自分の家でもある神社の裏を歩いていた。

「祭りの日に鎮守ちんじゅの森に入っちゃいけないよ。こっそり祭りにきた神さんに一緒に連れて行かれちまうからね」

 神社の裏手に広がる鎮守の森に昔から子供たちに言われている言葉。

 夏祭りの日に鎮守の森に入ると森の神にさらわれて『神隠し』にあう、という村の言い伝えだった。

 小鳥もそれを真に受けて信じるほど子供ではなかったが、それは村の教えのようなものであり守っていた。

 実際、人が手を入れるのを禁じられた森は、鬱蒼として神社を挟んでにぎわう祭りに対して闇が広がり別世界のようではばかられる。

 その時、森の山の中に光が動いているのが目に入った。

 ちょろちょろと動く小さな光。

 小鳥はそれが肝試しか何かをする村の子供だと思った。

 神社のすぐわきに住む小鳥にとってそれは珍しいことではなかったからだ。

「ちょっとあなたたち!何してるの!」

 小鳥は注意しようと声をかける。

 しかし、光は小鳥の声などお構いなしに森の奥へ進む。

 ここの神社の鎮守の森は広い。

 この暗闇の中迷ったら大変である。

「ちょっと待ちなさい!」

 小鳥はそれを追いかけた。

 しかしそれは追いつけそうで追いつけないスピードでどんどん奥へ進む。

「ダメだよ!奥に入ったら!」

 小鳥が叫ぶが、光は止まらない。

 はっと小鳥が気付いた時には、祭りのお囃子はやしも喧騒も聞こえなくなっていた。

 来た道を戻ろうとしてもいつまでも祭りのちょうちんの光は見えない。

 小鳥は自分自身が迷ってしまったと気づいたときには遅く、こういうときは動かないほうがいいと山村の子ならそう教わっていた。

 暗闇の中、夜を過ごしいつの間にか眠ってしまった小鳥は朝の光で目が覚めた。

 しかし、まわりを見渡し違和感を持つ。

 昼は自分の遊び場だったような森である。

 しかし、杉やひのきなどの針葉樹が多かったはずの森は、見たこともない大きさのぶなのような落葉広葉樹が広がっていた。

 しっとりとした落ち葉のクッションに苔がいたるところに生えている。

「ここどこ?」

 小鳥は茫然と呟やき、わけがわからぬまま森をさ迷った。  

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