第4話
「まあ、そんなに緊張せんでもとうて食ったりせぬから安心おし」
ヒッヒッヒっと笑うおばばさまを前に小鳥はヘンゼルとグレーテルな気分。
そういうこと言うから怖いんです、とも言えず言われたとおりに小鳥は囲炉裏を挟んで座る。
「そうさね……何から聞こうかね」
そう言いながらおばばさま囲炉裏にかかっていた鍋から杓子でお湯を掬ってお茶を入れた。
ヨモギのような匂いがテントの中に漂う。
「まあ、これでもお飲み。リアテテの葉のお茶はリラックス効果もあるからね」
小鳥は渡された湯呑を受け取り、恐る恐る啜る。
口の中に香りとわずかな甘みが広がった。
「おいしい……」
「そうか。それはよかった」
おばばさまは皺を深くしてくしゃりと笑う。
その瞳は優しく小鳥に元の世界の祖母を思い出させた。
「ありがとうございます」
小鳥は祖母に「何か頂いたらお礼を言いなさい」小さなころから躾けられてきたことを思い出し礼を言った。
「どういたしまして。若いのにきちんと礼を言うのは関心じゃな」
さらにおばばさまは皺を深めた。
「そうさな、まず名前を聞こうかね」
「……トリィといいます」
小鳥は少し考えて『こちらの世界で呼ばれている名前』を言った。
言葉が通じなかったころ小鳥は名前を指差して言ったところ、こちらの言葉と発音やイントネーションが違ったため『トリィ』とこちら風に聞きとられてしまった。
それ以来、ほとんど言葉で不自由しなくなった今でも、間違いを正すのも面倒なので『トリィ』で通している。
「それは本当のお前さんの名前じゃないじゃろ」
おばばさまはお茶をすすりながら当たり前のことを言うような口調で言った。
「え!?」
「それはぬしがこちらに来てからの名前じゃろ」
老婆の視線が小鳥に突き刺さる。
老婆の瞳はよく見ると深い緑色をしている。
森の緑と同じ色だ。
「……野山小鳥です」
「ふぬ、ぬしのコトリのほうが名前かえ?」
「はい」
そういうとおばばさまはしげしげと小鳥を見る。
「コトリ、コトリ……空、羽、小さきもの……なるほどねえ」
おばばさまは何やらぶつぶつ言う。
「小鳥の意味がわかるんですか?」
『小鳥』とはあちらの世界の言葉だ。
「『言葉』には必ず意味があるからね。私も魔法使いのはしくれだからね。真銘を聞けばそれくらいわかるさ」
ヒッヒッヒッとおばばさまは笑う。
「魔法使い……それに真銘ってなんですか?」
「魔法使いについて知りたいのかい?」
「はい」
「その前にぬしがどこから来たのか聞きたいの」
このおばばさまは何者なのだろう、すべてを知られているような感覚になる。
「こことは違う世界です」
小鳥は正直に答えた。
「では、『迷い人』かえ」
「私以外にもいるんですか!?」
「珍しいが、おるな」
あっさりと小鳥がここ数カ月欲しかった情報をおばばさまは言った。
「帰った人はいるんですか?」
「さあてな。私も実物を見るのはおぬしがはじめてじゃ。帰りたいのか?」
「……家族がいるんです」
「しかし、随分今の生活になじんでおるようだが」
老婆の瞳の深い緑が小鳥を放さない。
外では風で木々がざわめく音が聞こえた。