2-第11話
「いっちゃいましたね……」
嵐のように過ぎ去ったフギトという男を小鳥は掴めきれずにいた。
その結果、呆然と見送るという結果に終わる。
と言っても無力な小鳥にはどうすることもできなかったが……。
一方カインは剣は鞘に収めたものの未だ彼らが消えた方を厳しい顔をしてじっと見つめている。
小鳥はそんな彼に何と声をかけてよいかわからず、何か言いかけてはやめ言いかけてはやめを繰り返していた。
「あ、あの……!!」
「申し訳ない!」
小鳥の傍らに膝をついて頭を下げた。
ちょうど座り込んだ小鳥の目の前にカインのつむじがある。
出鼻をくじかれてしまった小鳥はぱくぱくと発する言葉を必死に探した。
「申し訳ないって何が……?」
「決まっているだろう。今回、君が攫われたのは私が原因だ」
「で、でもこうやって助けに来てくれたわけだし」
「そもそも、君に命さえ救われたのにもかかわらず何の礼もできないまま、ましてや命の危険にまでさらさせてしまうなんて……」
そう言って更にがっくり落ち込んでしまったカインに小鳥は戸惑う。
「何はともわれ、みんな無事だったからよかったじゃないですか!そ、そうですよ!元はと言えばあのフギトとかっていう男がいけないんじゃないですか!!」
「しかし……」
そう言って頭を一向に上げようとしないカインに小鳥は少し腹が立ってきた。
「『しかし』も『だって』もない!」
怒気をはらんだ小鳥の声にカインは驚いた顔をして顔をあげた。
「本人がいいっていいんです!もういいって許している相手への謝罪は逆に迷惑です!」
「め、迷惑?」
「迷惑です!」
小鳥に剣幕に気圧されたような形になったカインは、一瞬の間をおいて片手をおでこにかかった髪をかきあげ苦笑した。
「コトリ殿には敵わないな」
「敵わない……ですか?」
「ああ、敵わないよ」
我慢できなくなったのかカインがさらに笑いをもらした。
「笑うなんてひどいです!」
「いや、すまない」
慌てたようにカインは表情を引き締めようとするが、頬がひきつっている。
「もういいです!」
そう言って小鳥がプイッとよそを向くと、それを見てカインは本格的に笑いだした。
笑っているカインを半眼で睨んでいると、ひとしきり笑って満足したのかカインが今度こそ笑いをおさめて立ち上がる。
「コトリ殿」
そう言って手を差し出す。
どうやらその手は立ち上がるのを手伝ってくれる意味のようだったが小鳥は不自然に目をそらした。
「どうかしたのか?」
「えっと……」
「もしかして何処か打ったのか!?もしかして今まで我慢して……」
「ち、ちがいます!」
「じゃあ、どうかしたのか?」
「…………」
「え?なんだ?」
「……だから腰が抜けて立ち上がれないんです!」
赤面しながら怒鳴った小鳥にカインは目を丸くした。
それからカインの笑いが再発したのは言うまでもない。
(だって普通うら若き乙女があんな目にあったら立ち上がれなくなるなんて普通だと思うのよ)
恐怖というのは不思議なもので直面しているときに抑えつけていると、後からくるものだということを小鳥は知った。
カインとロウランが来てくれてほっとした途端腰から力が入らなくなってしまったのだ。
(あんなに笑わなくていいのに……)
小鳥はカインの背中でむうと膨れた。
結局、まともに歩けない小鳥はカインに背負われておばばさまの元へ向かっている。
騎士というだけあって日々の鍛錬しているのか意外にがっしりしている。
小鳥を背負っても歩みはふらつくことがない。
小鳥はなるべく怪我のある右肩あたりに体重をかけないようにつかまった。
(男の人の背中って大きいのだな……)
人におんぶしてもらったことなど何年ぶりだろう、と小鳥は思いをはせる。
父に小さなころにやってもらった記憶がある。
遠い記憶となった父の広い背中はとても広くて暖かくて――とても落ち着いた気がする。
はた、と小鳥は今の状況を思い出した。
カインに年は聞いていないが、こちらの人の外見や言動を考えたらきっと同じくらいかさほど変わらない年だろう。
自慢ではないが、小鳥は今まで恋愛というものと縁がなかった。
村じゃ仲間外れにされていていたし、高校の同級生たちとは一線引いてしまって友達らしい友達はいなかった。
今のように同じ年頃の異性とこんなにも密着したことはない。
自分とは明らかに違うしっかりとした骨格、小鳥を一人背負ってもびくともしないしなやかな筋肉、おばばさまのところにいるため薬草の匂いが染みついているが、それだけじゃない。ここまで小鳥の元まで走ってきたのだろう――土と汗の匂いがする。
それは小鳥にとって不快ではなかった。
「コトリ殿」
「はいぃい!!」
自分の考えに没頭していたため奇声をあげた小鳥にカインのほうが驚いたようだった。
「す、すまない。驚かしてしまったか?」
「い、いえ、すみません。耳元で騒いでしまって……あ、重いですか?もう大丈夫だと思うので、降りますよ」
「いや重くない。騎士の甲冑のほうがよほど重い。コトリ殿は軽すぎるくらいだ」
「そ、そうですか?」
それきりカインは黙ってしまう。
小鳥のほうも自分の今までの思考に赤面して黙り込んだ。
カインと隣を従者のように歩くロウランの枯れ葉を踏みしめる音だけが聞こえる。
「……何も訊かないだな」
「え?」
「いや、私が本当にこの国で皇子であるとか、私が追われている理由……」
カインは再び黙り込んでしまい、小鳥は彼の背で彼が何を言わんとしていることを考えてみる。
短い付き合いだが、カインが真面目すぎるほど真面目なことは知っている。その上で、カインは小鳥を自分の事情に巻き込んでしまったことを悔いているのだろう。
「……だって、話したかったらとっくに話しているでしょう?話さないのなら、話したくないのか、もしくは話す必要がないということじゃないんですか?」
小鳥は思うままを言ってみる。
「君は巻き込まれたんだ……知りたいと思うのが普通なんじゃないか?」
「じゃあ、訊いたら答えてくれるんですか?」
「それは……」
「人に言えないことや言いたくないことぐらい誰だってあると思います。私だってすべてをカインさんに話しているわけじゃない。それに、カインさんは“皇子さま”っていう特別な立場だし……だから……」
小鳥は自分でも言葉尻をつかめずもごもごと口ごもる。
しかし、言いたいことはカインに伝わったようで、かすかな振動とともにかすかな笑い声が聞こえた。
「なんで笑うんですか?」
「いや、コトリ殿は優しいのだな」
カインは笑いをおさめて呟いた。
「やさしくなんて……ないです」
「そうか?俺のことを思いやって、何もきかないのだろう?」
優しげなカインの言葉に、小鳥はカインの背の上でぶんぶんと首を振る。
「ち、ちがいます!私は……」
「え?」
「やっぱりなんでもありません」
小鳥はそっとカインの肩に顔をうずめ、溜息をついた。