2-第10話
剣を構え向かい合うと二人を小鳥は呆然と見ていた。
緊迫した空気に小鳥は声を出すこともできず、人を止める術もない。
魔族の男は腰から下げていた半月刀のような特殊な形をした刀を片手に構えている。
相変わらず飄々とした表情を崩していないが、それが表面上だけということは小鳥にもわかった。
「血濡れの皇子が随分お優しくなったもんだな」
沈黙を破ったのはやはり魔族の男だった。
「こんな小娘に何の価値がある?」
男は口の片端を皮肉気に上げる。
カインは両手で剣を構えたまま無表情のまま動かない。
それを気にした様子もなく男は言葉を続ける。
「皇帝をも……自分の親父さえも殺そうとしたお前が……」
「ちがう!!」
空気を震わす怒声に小鳥の方がびくりとすくむ。
「カ、カインさん……」
小鳥が恐る恐る問いかけるように彼の名を呼ぶ。
カインは小鳥の視線をさけるように顔を背けた。
それを見て男は面白そうな顔をした。
「じゃ、何をしたんだ?宮廷じゃお前さんのことで大騒ぎだ。しかし、正式な発表は何もない。誰もが何が起きたのか必死に裏じゃ探っている」
「なぜ魔族のお前が宮廷の内情を知っている」
「ククク、お偉い貴族さまの中には自分の立場や利権のためなら魔族だろうと悪魔だろうと取引する奴がいるんだよ……お前が一番それをよく知っているんじゃないのか?」
「…………」
黙り込んだカインに男は肩をすくめる。
「ま、こっちとしてはいろいろ情報が入りやすくてありがたいんだがな」
「……今回のことは私の問題だ。コトリ殿を解放しろ」
「だーかーらー、お前は一体何をやらかしんだ?それを教えればこのお嬢ちゃんを解放しないでもないぞ」
「お前の狙いは俺の命じゃないのか……?」
「今のお前は怪我を負った上に国から追われる罪人。なんでわざわざ俺がお前を楽にしてやんなきゃなんねえだよ」
男は犬歯を覗かせて笑った。
「ついでに教えてやるよ」
未だ油断なく男を睥睨するカインに男は瞳に残酷な色を浮かべる。
「お前の飼い犬の『青の騎士団』は全員更迭、それに逃げないように兵舎で軟禁中だ」
「なんだと!?」
「団長のお前さんが逃走中だ。仕方ないだろう?団長の居場所を吐くよう拷問されているのかもしれない……まあ、俺らにとっちゃ憎い相手だ。けどよ、お前らも命がけで守っていた相手にいたぶられて殺されるなんて皮肉な話だな」
「貴様!!」
カインが怒声を放ったときだった。
彼らの前に一陣の風と共に銀色のきらめきが横切る。
「うわっ!!」
「グルルルルル!!」
「ロウラン!」
魔族の男が後ろに飛びのき、割って入るように銀色の大きな獣が小鳥をかばうように立ちふさがった。
ロウランは身をかがめいつでも飛びかかれるような姿勢で男を唸り声をあげて男を威嚇した。
「……犬っころ!!?」
驚いた男の言葉が終らないうちに、甲高い金属の音があたりに響く。
隙を逃さずカインが男に一撃を加えたのだった。
男は咄嗟に自分の剣で防ぐがカインは更に鋭い下段への一撃を放つ。
「チッ!」
男はなんとかそれも凌ぐが、体勢が崩れる。
それを逃さずカインが追撃をかけようとした瞬間カインは何かに気づいて後方に飛び退いた。
次の瞬間、ちょうどカインがいた場所に矢が過ぎ去った。
「カインさん!!」
「フギト大丈夫か!?」
小鳥が悲鳴をあげるのと同時に茂みの中から声がして、茂みの中からがさがさと男が二人出てきた。
男たちはどうやら森の茂みに隠れて三人の様子をうかがっていたようだった。
一人は2メートルはあろうかという灰色の髪をした大男で、もう一人のほうは背丈は高いが痩身でこげ茶の髪をしている。
痩身の男はつり上った細い目が特徴的だった。
痩身の男が手に弓を持っており、先ほどの矢はこの男が放ったのだろう。
二人とも褐色の肌に赤い目をして尖った耳だったので、小鳥はすぐにこの二人も魔族だということがわかった。
「てめぇら待ってろって言っただろ!!……いやでも、今回は助かった」
「まったく何やってんだよ!?」
「……あんまりにも遅いから心配した」
「いや、すまんすまん」
そしてフギトと呼ばれた男は小鳥たちのほうに向きなおり、両手を腰にやって妙に偉そうに胸を張った。
「と、いうわけで今回は見逃しといてやるよ」
「見逃しといてやるって、何様ですか!?味方が来たから偉そうにするなんてなんか卑怯ですよ!」
先ほどの会話の間にカインに縄をほどいてもらった小鳥がへたり込んだまま叫ぶ。
「うるせえ!何もできない嬢ちゃんがぴーぴー騒ぐな!」
「ぴーぴーって……!!」
その時、小鳥を守るようにカインが剣を構え前に立った。ロウランが歯をむき出して威嚇する。
「お前たち何が目的でここまで来た……」
カインが静かに問う。
小鳥は一人と一匹の真剣な様子に少しばかり戸惑う。
フギトの仲間たち――大男と細身の男たちはそれぞれ大きさこそ違うがフギトが持っていた刀と同じような形をした刀を構えた。
緊張した空気を壊したのはやはりこの男だった。
「まあ、一言で言ってしまえば単なる興味本位かな」
「きょうみ……ほんい?」
信じられないという顔をしてカインはフギトを見た。
「まあ、お前が宮廷から追われた理由はわからなかったが生きていることは確認できたからな」
「たったそれだけのことのために危険を冒してここまで来たのか?」
「ああ、そうだぜ。フギトはそういう奴なんだよ」
呆れたように割って入ったのは細目の男だった。
「ほんとに俺たち魔族がこの国で下手な動きするのはやばいのに……」
それに追従するように大男がうんうんと呟いた。
「だー!俺はお前らについてきてほしいなんて一言も言ってねえ!」
「たったそれだけのためにコトリ殿にこんな真似を……」
殺気を持って剣を握りなおしたカインに、フギトはまあまあと手で落ち着かせるようなしぐさをした。
「おいおい、落ちつけよ。こっちもここで闘り合うのはうまくねえからな」
そしてフギトは身振りで他の男たちに武器を下すように指示する。
「そう簡単に帰すと思うのか?」
「ここで闘り合って分が悪いのはそっちじゃねえのか?お前はまだ傷が治りきっていない。おまけに小さえお嬢ちゃんを守りながら闘わなければならない……おまけにこっちは三人だ」
カイン自身認めざる事実だったのだろう。
その言葉を聞いたカインは悔しそうな顔をした。
「ま、そういうことで……じゃあな」
そう言ってフギトは踵を返してすたすたと歩き出す。
「ちょっ!フギト待てよ!!」
慌てて細身の男が追いかける。
大男は二人が安全な位置まで行くまでカインたちに警戒した様子を見せ最後に森の中に姿を消した。