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第2話

「トリィ、これを後でアンゲルさんちに届けてくれないかい」

 畑仕事も終わり午後のティータイムの終わりどきマリーおばさんが籠を出して言った。

 さくさくの林檎パイに、森で採ったハーブを干してつくった香りのよいハーブティ。

 この世界も自分の世界と食べ物がさほど変わらなくてよかったと小鳥はつくづく思いながら、パイを食べ終えお茶を啜っていたところだった。

 アンゲルさんとはマリーおばさんたちの家の隣の農家……と言ってもお互いの畑を挟んでの隣なので小鳥の足で歩いて10分ほどのところにある。

「はい……これなんですか?」

 そう言って小鳥は籠を受け取る。

 中を見ると小鳥が先ほど食べた林檎パイのようだ。

「アンゲルさんちもうちのパイが大好きなんだよ。余分につくったんで持ってておくれ」

 マリーおばさんはそう言ってにっこり笑った。

 マリーおばさんは料理上手だ。

 毎日、労働の後の食事やお菓子が楽しみで小鳥も一緒に手伝いをする。

 朝は畑仕事、昼はマリーおばさんの家事の手伝い。

 電気やガスがない生活というのは大変なのだなとこちらの世界にきて思ったことだ。

 火をおこすのも慣れるまで時間がかかったし、水だって井戸まで汲みに行かなくてならない。

 そんなこんなで毎日忙しく「え?元の世界に戻る方法?」みたいな感じになっている自分に小鳥自身ちょっと危機感を持たないでもない。

 

 アンゲル家は40代のアンゲル夫妻に娘2人に息子3人の大家族だ。

 白い土壁に赤い瓦屋根はマシューおじさんとマリーおばさんの家と同じだが、アンゲル家のほうが随分広い。

 小鳥は裏の勝手口をノックする。

「こんにちはあ」

 扉を開けたのは一番年上の長女エリンだった。

 栗色の巻き毛に顔立ちがはっきりした西洋人風美少女だ。

 こちらにきて会った人々は、小鳥の東洋人のような容姿ではなく目鼻立ちがはっきりし体格の大きい西洋人のようである。

「あら、トリィじゃない。どうしたの?」

「あ、エリン。マリーおばさんから、林檎パイを届けてって」

「マリーおばさんの林檎パイ!?」

 エリンは眼を輝かせる。

「入って!入って!!」

 エリンは手を掴んで家の中に引きずり込む。

 小鳥は現在17歳、エリンは16歳だが身長も身体の凹凸もエリンのほうがよほど大人に見える。

 思わず小鳥は自分の153センチと日本人の平均身長より低い背と凹凸の少ない身体を比べて一人へこまないでもないが、年が近いせいかすぐ仲良くなった。

 エリンのほうは小鳥のほうが年上だということを聞いて大層驚いていたことは、小鳥の忘れようとも忘れられない心の傷だ。

「グインと同じくらいかと思った」とさらに言われ、さらに深手を負ったのは記憶に新しい。

 グインとはエリンのすぐ下の14歳の弟である。

 ちなみに、グインはすでに小鳥の身長を抜いている。

「私はもう家で食べてきたんだけど……」

「じゃあ、お茶だけでもしてってよ。最近、トリィ全然遊びに来てくれないんだもん」

 エリンは頬を膨らます。

 小鳥はそんな顔さえ可愛らしいと思った。

「あらあら、トリィ。いらっしゃい」

 おだやかな声はアンゲルの奥さん、エリンたちの母親グレンダである。

 エリンの栗色の髪に瞳は母から受け継いだものらしい、優しそうな女性ひとだ。

 

 そんなこんなで強制的に本日二度目のティータイム。

 エリンにとって同じ年ごろの小鳥はおしゃべりの格好の相手らしい。

 小鳥はさすがにパイは食べずお茶だけ頂いた。

「トリィはずっと家にいるんだもん。つまらないわ。もっと遊びたいとか思わないの?」

「う~ん、最近やっとここの生活にも慣れてきたところだから。それに、畑の収穫やマリーおばさんの手伝いもおもしろいよ」

 小鳥にとってこちらの生活はやることなすこと目新しい。

 収穫の喜びというものをこちらではじめて知った。

「そんなのつまんないじゃない。街に出て買い物とかしたいわ」

 しかしながらエリンにとっては当たり前の生活。年頃の娘としては遊び足りないらしい。

「毎日、弟の世話と家事ばーっかり!つまんない!」

 エリンは林檎パイをほおばる口も休まず、愚痴る口も休まず……器用である。

「そ・れ・に!」

「へ?」

「こんなド田舎じゃ出会いもないわ!」

「出会い?」

 小鳥が首をかしげる。

「そうよ!白馬に乗った王子様ので・あ・い!!」

「ぶふっ!」

「ちょっとトリィ汚いわよ」

「いや、いまどき白馬の王子様って……いや、ここは異世界か」

「なにぶつぶつトリィ言ってるの?」

「ご、ごめん。別になんでもない」

「やっぱり、フォード皇子さまみたいな。素敵な方いらっしゃらないかしら」

「フォードおうじ?」

「トリィ、フォード皇子さまも知らないの?アルファード皇国の第一皇子のフォードゥケ殿下よ。流れるような金髪に青い瞳の美男子で性格も穏やか、その上頭脳明晰、アルフォード皇国の女の子の憧れの的よ!」

「へえ」

 小鳥はお茶をすする。

 そんな絵に描いたような王子様がいるのか、と小鳥は妙なことに感心した。

「でもちょうちんブルマーだったらやだな……」

「ちょう……?小鳥何言ってるの?」

「あ、ごめん。なんでもない」

「ふーん、まあいいけど……そうだ!!」

 すっくとエリンは立ちあがると部屋の奥に消える。

 かと思うとすぐ戻ってきた。

「じゃーん!」

 小鳥の目の前に出されたのは、ポストカードほどの大きさの小さな額に入った絵であった。

「これがフォード皇子よ」

「ふーん」

 その絵には胸から上の男性の絵が描いてある。

 エリンが言うように金髪碧眼の美男子だ。

「なに、そのリアクションのなさ!?」

「だって、絵じゃあんまり臨場感がないというか、実感がわかないかというか……エリンは見たことあるの」

「こんな田舎じゃ会えないわ。首都のアストラに行けば別かもしれないけど……ああ、でもここらへんの男たちが目じゃ無いくらいかっこよくて気品があふれているのよ」

 エリンは手を組み目をつぶりうっとりする。

 どこの世界でも女子の妄想力は健在らしい。

「でも、皇子様かあ。なんかファンタジーだけど、会えないんじゃなあ」

「私たちみたいな一般庶民が会える方じゃないわよ」

 意外に現実的なエリン。

「だよねえ」

 これで、ここでの生活でそういったファンタジー要素は皆無だ。

 王子さまも手の届かぬところ、魔法使いや妖精も出てこない。

 やったことといえば玉ねぎに似たヤンコンという作物の収穫やら他の野菜の種まきやら家の手伝いやら。

 小鳥に対してマリーおばさんもマシューおじさんもやさしいし、住む家にも食べるものにも困っていない。

 朝早く起き、日が沈むとともに床に入る……そんな生活で、元の世界よりずっと健康的な生活をしている。


 でも、小鳥にも元の世界に家族がいる。

 祖母と父と母、それに2歳年下の弟。

 彼らと離れてさみしいし、小鳥がいなくなって悲しむだろうが、それも時が経つにつれて癒えていくだろう。

 小鳥はどちらかというと幼い容姿の割に達観したところがあった。

 

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