2-第8話
小鳥が意識を戻したとき、体は横たっていて土がむき出しの床が見えた。
少し首を傾けると簡素な木の小屋の中にいることがわかった。
猟師小屋として使われているようで荒縄や猟の道具などが無造作に置かれている。
「ここ……どこ?」
やや朦朧とした意識の中で小鳥は身を起そうとする。
「っつ!!」
身をよじってはじめて小鳥は自分が縄で縛られていることに気づいた。
「うそ?……どうして?」
「それは俺が縛ったからだ」
どこか楽しげな男の声に小鳥は緊張で体を強張らせた。
「……だれ?」
小鳥は振り返ることができず男の顔を見ることができない。
ひたひたとこの見知らぬ男に対する恐れが近づき震えそうになった。
「さあ?それを聞いてどうする?」
「……どこの誰かを聞いて、どうしてこんな状況なのかを聞く」
「いやに冷静だな。お嬢ちゃん」
「変態には抵抗するのに興奮するのもいるってお母さんに教わったから」
「へ、変態って……お前なー」
男は少し動揺した声を出すと後ろ手に縛ってある小鳥の腕を掴むと起き上がらせて男のほうへ向かせた。
「俺は幼女趣味じゃねーぞ」
どこかおかしそうに笑う男の顔を見て小鳥は息を飲む。
年のころは20歳前後か褐色の肌に短めに刈られたこげ茶の髪、猛禽類を思わせる鋭い紅色の瞳そして……尖った耳だった。
しげしげと見つめる小鳥に何を勘違いしたのか歯を見せて笑う。そうして笑うと犬歯が見えた。
「なんだ?あんまりにも男前だったから驚いたか?」
「はい?」
あからさまに「この人は何を言っているの?」という小鳥の表情に男は少し傷ついた顔をした。
その様に少し気を抜いた小鳥は思ったことを口に出してしまう。
「こっちの世界には耳の尖った人もいるんだ……」
その呟きは二人しかいない小屋の中で小鳥が思った以上に響いて言った小鳥が驚いた。
「……お前、魔族を見たのははじめてか?」
「まぞく?」
小鳥が首を傾げると男は呆れたと首を振った。
「おいおい、いくらこんな田舎だからって『魔族』も知らねーなんてどんな教育してんだよ」
「ちょっと!私は知らないのは……その……違う、国の人間であってここに来て数カ月しか経ってないからなのよ!」
「ふーん、違う国ねえ」
言葉の後半はしどろもどろになった小鳥を見て男は思わせぶりに小鳥をしげしげと見つめる。
「じゃあ、教えてやるよ。魔族って言うのはな、人間より優れていて人間より長寿で力のある一族のことだ。まあ、身体的特徴としては尖った耳と紅色の瞳ってとこか?」
どこか見下したような冷たい視線に小鳥はひるんだが、勇気を振り絞って言い返す。
「……で、その人間より優れている魔族さん。なんで私を誘拐したの?」
「ああ、そのことだったな。まあ、お前はアレだ、アレ」
この男は自分の知っていることは他人も知っているのが当たり前だと思っているのだろうか、と小鳥が呆れながら思っていると男が言葉を続けた。
「血濡れの皇子をおびき寄せるエサだ。お前は」
「血濡れの皇子?……それってもしかしてカインのこと?」
「なんだ?そんなことも知らないのか?」
その言葉に小鳥はむっとする。
「『そんなことも』知りませんよ!どーせ!!」
小鳥は不貞腐れてプイッと横を向くと男は口に手のひらをあてがって小刻みに震えだした。
「ちょっと、どうしたの!?」
小鳥は男の突然の変化に驚いて声をかけるが、次の瞬間それを後悔した。
「ぶっあはっはっはっはっは!!お前おもしろいな」
「ちょっと何!ひとのこと笑っているんですか!?」
「いや、お前今の状況忘れているだろ?」
「あっ……」
再び爆笑し始めた小鳥を見つめる男の目は先ほどまでの鋭さがない。
この男は表情によってこんなにも印象が変わるのかと小鳥は驚いた。
「もうちょっと体に凹凸があれば俺好みなんだがなー。あと数年経たねえとなあ」
「どうせ!幼児体型ですよ!!それに私はもう17です!!」
「17!?」
男は驚いた顔をして小鳥をしげしげと見つめた。
その無遠慮な視線に小鳥の心はしたたかに傷いた。
「あなたにデリカシーってものはないんですか!?セクハラです!!」
「セクハラ?」
「は!?こっちにはセクシャルハラスメントの定義もないのか!」
小鳥は愕然とする。
「だからお前自分の立場忘れてねえ?」
「あ……変態誘拐犯に何を言ってもセクハラ以前の問題だった」
「なんかよくわかんねえけど、俺すっげえ言われようしているのはわかる」
「と言うか、血濡れの皇子って何なんですか!?おばばさまもカインも何にも説明してくれないし!!なんだかカインは罪人として追われているみたいだし!!それについて聞こうと思っておばばさまの所に行こうとしたのにあなたにさらわれるし!ああ!!そう言えばロウランが一緒だったのにロウランはどこ!?」
「お、落ち着け。というかいろいろ言われすぎてなんだかわからん。前半は俺のせいじゃないと思うぞ。あと泣くな。俺はガキに泣かれるのは苦手なんだよ」
男に言われてから気付いたが小鳥はぼろぼろと泣いていた。
それを男はやや乱暴に服の袖で拭う。
この人は思ったより悪人ではないかもしれない、と小鳥は少し思った。