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2-第7話

 カインが、おばばさまの所に来て一週間が経とうとしていた。

 カインは順調に回復し外に出られるようにまでなっていた。


 かーん、と薪を割る音が森に響く。

 季節は移ろい青々と茂っていた森の緑も赤や黄色に色づき先を争うように枝から葉がはらはらと落ちていく。


 かさりという落ち葉を踏みしめる音にカインが振り返るとローブ姿のおばばさまの姿があった。

 肩にはいつものようにイルディーカがとまっている。 

「悪いねえ。男手があると助かるよ。ヒッヒッヒッヒ」

 杖を手にしたおばばさまはちっとも悪そうな様子を見せずに言うと、薪を割っていたカインは汗を拭って答えた。

「いえ、お世話になっているのにこれくらいじゃあ足りないくらいです」

「若いのに感心じゃ」

 おばばさまはそう言ってイルディーカを伴い森の中へ消える。

 それはいつものことでカインはまた黙々と薪を割り続けた。


 「誘いの森」はアルフォード皇国でも古くから有名な場所だ。

 国の東端に位置し森の傍には小さな集落があるのみだが、大神ベネフィキウムが降り立った場所としても神聖な意味も持つ。

 アルフォード皇国の東部はフォール山脈を水源にもつ豊かな水と土壌を持つ穀物庫であり、皇都アストラの重要な食料の供給源になっている。

 海に面し交易で賑わうアストラに対し、東部は田舎だが穏やかな気候と風土を持っている。

 しかし、古の昔からこの森は決して人々が分け入ることを許さなかった。

 アルフォード皇国建国以来、森を開墾し田畑を広げようとする動きがあったがどれも失敗に終わった。

 森へと調査団や探検家が分け入ったが帰らないことが多く、帰ってきた者も正気を失っていた。

 そのせいでこの森は「誘いの森」と呼ばれるようになった。

 今も近隣の村人からは、森を畏れ敬い必要以上に近寄ることはない。

 神々が住むとも古竜が住むとも言われ、神話やおとぎ話、伝説も数多く語られている。


「そして……森に住まう人は唯一『東の賢者』のみか」


 カインは作業を終え、切り株に腰を下ろした。 

 おばばさまの消えた方角を眺める。

 鳥の鳴き声が聞こえ、風が吹き落ち葉を吹きあげる。

 森は静かに凍てつく冬の準備をはじめていた。








「おばばさまもカインも何を話していたのだろう?東の賢者とか青の騎士とかわけわかんないよ。こちらの世界の常識?だったら、おばばさまが説明してくれてもよさそうだし……はっ!?もしかしてそれも『考えろ』って修行の一環なのかなあ。どう思う?ロウラン」

 小鳥は山になったサツマイモのような形だがジャガイモの味によく似たシュウという芋の皮を小刀で剥きながらぶつぶつと言っていた。

 ロウランは小鳥が座る椅子の前で悠々と横になって小鳥の言葉を聞いているのか聞いていないのか欠伸をする。

「ちょっとロウラン聞いている!?」

 口を動かしながらも手も休まず剥いた芋は水のはった大鍋の中へと、ぽちゃんと落とした。

 これを他の野菜や森で仕留めた野生の鹿肉と煮込んでシチューにするのだ。

 ちなみに、鹿はロウランが仕留めてきたのをマシューおじさんが捌いたものだった。

 小鳥はついてきたロウランをマシューおじさんたちにどう説明しようか悩んでいたが、あっさり二人は受け入れた。

 小鳥の話もあっさり受け入れた二人である。

 小鳥の心配は杞憂に終わった。

 しかもロウランは度々獲物をしとめてくるものだから、家の中では立派に市民権を得て室内に入りカーペットの上で悠々と寝ていたりする。

 しかしロウランは決して小鳥以外の人間に体に触れることは許さず、触れようとすればすっと避けた。

「ちょっとロウラン。さっきのことも怒っているんだからね!エリンのことも泣かしちゃうし!」

 小鳥が外出するときには、ロウランはいつもついてくるようになっていた。

 先ほどエリンの所へ久しぶりに遊びに行った時も当然のように隣にいて、その大人しい様子に恐る恐る手を伸ばしたエリンに歯を剥いて威嚇したのだ。

 エリンはロウランの体躯の巨大さも相まってあまりの恐さに泣いてしまって小鳥が慰めるのに大変だったのだ。

「ロウランは大きいんだから、そこんところちょっとは考えてよね!」

 小鳥はびしっとロウランの鼻づらに指を着きつけると、ロウランは指の匂いを嗅ぎべろりと舐めた。

 そして近寄って小鳥の膝に頭を載せる「なに?」とばかりに首を傾げる。

 思わず撫でる小鳥。ロウランは耳の後ろを掻いてやると気持ちよさそうな顔をした。


 なでなでなで………


「…………って全然わかってなーい!!」


「どうしたんだい?トリィ」

 ちょうど食べきれない鹿肉を干し肉にするため屋根裏にいたマリーおばさんがひょいと顔を出した。

「あ、いえ何でもないです」

 小鳥はそう答えてハアとため息をついた。







 マシューおじさんが畑仕事から帰ってきてから小鳥たち三人はテーブルに揃って昼食をとる。

 当初はマリーおばさんの手伝いをするのが精いっぱいだった小鳥だが、今では一人で食事の準備も出来るようになっていた。

 大鍋につくったシチューは湯気を立て鹿肉の出しがよく出ていると思うし、焼きたてのパンは外がカリっとして香ばしい。

 小鳥は自分でもよく出来たと満足した。

 後でおばばさまの所へも持っていくが、きっとカインも褒めてくれるだろうと一人微笑む。

 あの突然現れた青い髪の騎士は、一見厳めしいように見えるが離してみると柔和で小鳥のことをよく褒めてくれる。

 なんてことを一人思っているとマリーおばさんの嘆息が耳に入った。

「……それは物騒だねえ」

「何が物騒なんですか?」

「聞いてなかったのかい?トリィ」

 マリーおばさんは呆れたように肩をすくめる。

「すみません」

 それに助け舟を出したのはマシューおじさんだった。

「街から兵士が来て、皇都から追われてきた罪人がこちらに逃げているらしい」

「罪人って何をしたの?」

「……兵士たちも詳しくは知らないと言っていたな」

 小鳥は首を傾げる。

「追っている兵士が罪状も知らないっておかしくないですか?」

「きっと何かとんでもないことしたんだよ。トリィも気を付けるんだよ!」

 この話はもうおしまいとばかりにマリーおばさんが立ち上がり食べ終わった食器を片づけ始める。

 小鳥もそれに倣い立ち上がりテーブルを片づけ始めたが、ふと思いついて顔をあげた。

「そういえば、その罪人はどんな見かけの人ですか?」

 食後のお茶をすすっていたマシューおじさんは「ああ」と頷いた。



「なんでも、年は二十歳ぐらいの青年で青い髪と瞳が特徴らしい」


 一瞬小鳥は時間が止まったような気がした。

 頭によぎったのは穏やかだがどこか陰のある青年の顔――気付けば小鳥は、戸口に手をかけていた。

「ちょっとおばばさまのところへ行ってきます!」

 慌てたように外に出ようとする小鳥にマリーおばさんが声をかける。

「いきなりどうしたんだい?トリ……」

 その言葉の最後まで聞かずに小鳥は家を飛び出した。

 ロウランもそれに足音も立てずに続く。

 

 

「青い髪に瞳って……カインさんと同じ?いやそんなわけない!」

 小鳥は走りながら呟く。

 おばばさまへのテントへのもう通いなれた道をロウランと共には夢中で走った。

 

 だから、木の影に隠れながら小鳥の後を追う者に気づかなかった。




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