2-第5話
パチパチパチ
燃えろ 燃えろ 辺りを照らせ
パチパチパチ
燃える 燃える 真っ赤な炎
パチパチパチ
燃えた 燃えた もっと火をあげ燃えあがれ
「あの……コトリ?コトリ殿?」
カインが食後のお茶を入れるためお湯を沸かしているはずの小鳥に声をかけた。
しかしながら、小鳥からの反応はなく薬缶の下のはぜる火を凝視している。
「踊っている……」
「踊っている?」
ぼそりと呟いたカインの声がようやく鼓膜に届き脳内で言葉で処理されたのか小鳥がようやく顔をあげた。
「あのカインさん、この火の中で何か踊っているように見えませんか?」
「それは『炎が踊る』という比喩的な表現か何かか?」
突拍子もないこと言い始めた少女に訝しげな顔をつくる。
「いえ、そういう意味じゃなくて何か炎の中で実際に踊っているというか」
「炎の中で生きられる動物がいるとは聞いたことがないが……」
「そ、そうですよね!火が唄いながら踊ってるなんてありえないですよね!……歌って踊れるってアイドルか!?」
「コトリ殿おち――」
「ありえないことかい」
突然の声に小鳥もカインもテントの入口に振り返った。
テントの入口がまくられ光と共に小柄な人影が現れる。
「おばばさま!おかえりなさい」
小鳥は立ち上がって師匠を迎え入れる。
イルディーカがおばばさまの肩からバサバサと翼を羽ばたいて自分の居場所である止まり木に移った。
「ただいま、小鳥。お前さんが今見えているのは火の精霊だよ。こうやって人が絶えず火をおこす所にはたまにいるね。最も多くの人間はそういうものを見る力がなくなってしまったがね。生き物というのは自分に必要のないと判断したものを忘れたり失くしたりして生きていくのさ」
「火の精霊……」
「なんのために森の中で修行していたと思っているんだい。お前さんは人の中で暮らしている間に忘れちまったもんを思い出すために森で生活させたんだよ……自分が今見えているものを否定してはいけないよ。人は多かれ少なかれ『自分の見たいものだけ見る』もんだからね」
「そ、そうだったんですか!?」
「ああ、不甲斐ないねえ。私の弟子は……常に考えることをやめてはいけないよ」
「はい」
カインは二人のやり取りについていけず、かと言って口をはさめる状況でもないので黙って見ていた。
それにさきに気づいたのはおばばさまで(おばばさまの場合はじめから気付いていたのかしれない)カインに近付くとカインの手をおもむろにとって脈をとった。
「うん、脈の乱れもないし顔色もいいね」
「貴方が『おばばさま』でしょうか?」
「ああ、村のもんにはそう呼ばれているさね。一応、これでも魔法使いだよ」
「貴方が彼の有名な東の賢者殿ですか?」
「ヒッヒッヒ、久しぶりにその名を聞いたね。そう呼ばれていたこともあるが、今はただ村の者たちに熱さましの薬をやったりお産を手伝ったりする世話好きのばばあさ」
カインは起き上がり膝をついた。
それでも小さなおばばさまと目線が合うくらいの高さだ。
カインは恭しく頭を下げる。
「助けて頂いたことに礼を申し上げます。東の賢者殿」
「礼に言うのに及ばないよ。私の前でたまたま倒れていたから助けただけさ……それに礼を言うなら小鳥のほうにいいな。あんたが森の中に入ったのに小鳥が気付いたから命が助かったのさ」
「そうですか……」
カインは小鳥に向き直ると再び頭を下げる。
「それでは二人の偉大な魔法使いにお礼申し上げます。この命の御恩、いずれ必ずお返します」
その厳粛な様子に小鳥は返って戸惑ってしまう。
「正確には私は魔法使いの弟子でしかないんですけど……」
「ヒッヒッヒ、噂通りの堅物のようだね。青の騎士」
おばばさまは愉快そうに笑った。
小鳥は内心首をかしげる。
(おばばさまが『東の賢者』でカインが『青の騎士』?)
その言葉にピクリと眉をひそめたのはカインだった。
「賢者殿は知ってどこまで知っておられるのか?」
「さあね。私は森を見守る者だよ、知っていることは知っているし知らないことは知らないさ」
その答えにカインは納得したのかしないのか……しかし、これ以上聞いてもしょうがないと諦めたのか肩を落とした。
「そうですか……」
「お前さんの背負っているものがなんなのかは、ここではどうでもいいことさ。これも何かの縁だ。傷が癒えるまでしばらく休みなさい」
「ありがとうございます」
そして、再びカインは頭を下げた。