2-第4話
男は目を覚まさしたとき見知らぬ天井に目をしばたいた。
――――――ここはどこだ?
普通の民家のようではなかった。
分厚い布でできた天幕の中のようで窓のようなものはなく天井の中心にぽっかりと穴が開いている。
中はやや薄暗く嗅いだことのない薬草のようなにおいが充満していた。
男はだるい重い体を起こす。
右肩にずきんと鋭い痛みがはしり、その痛みに自分のおかれた状況を思い出す。
体を確認すると包帯を巻かれており手当てされた様子がわかった。
――――――とりあえず、殺されてはいないようだな。
床に彼は寝かされていたが部屋全体に厚い絨毯のようなものがひかれていて、上からは毛布がかけられていた。
傍らには自分の愛剣が置いてあるのに気づき手に取り確かめた。
――――――俺の剣……あいつらではないのか?ここは……
その瞬間、空間に光が射し、入口の溢れ布から誰かが入ってきたのはわかった。
彼は瞬時に判断すると剣を抜き放ちその入ってきた人物につきつけた。
入ってきたのは小柄な黒髪の少女だった。
年のころは13か14歳頃だろうか。まだ顔立ちに幼さが目立つ。
印象的な紫の瞳を見開いて、こちらを見ている。
驚いているのか、怯えているのか口を開かない彼女に少し苛立ち更に語気を強めた。
「口がきけないのか?」
剣を見つめそして彼の顔を見つめていた少女ははっとしたように目を見開き、そして次の瞬間むっとしたような表情をつくった。
「ここは、おばばさまの……コッペンハルム村の魔法使いの家です。そして私はその弟子です。あなたは森の中で矢が刺さった状態で倒れていたのをここまで連れてきて治療しました……治したのはおばばさまだけど、でも私もずっと看病していたし……あなたは命の恩人に刃物をつきつけるのが礼儀だと習ったのですか?」
彼女の思いのほか強い口調に彼のほうが戸惑った。
黒髪の少女は、つきつけられた剣におびえた様子もなく怒りで燃えるような光を宿す不思議な紫の瞳をこちらに睨みつけてくる。
(美しいな……)
彼は一瞬強い光を放つ彼女の瞳に見惚れた。
それも一瞬のことで、はっとした彼は剣をしまう。
「申し訳ない……俺の名はカイン。騎士だ。命を救ってくれたことに礼を言う」
「私の名前は野山小鳥です。コッペンハルム村に住んでいる者です」
「ノヤーマ?」
外国人らしい名前にカインが首をかしげると小鳥は慌てて付け加えた。
「いえっ!小鳥です!コ・ト・リ……呼びにくければトリィでも」
「ではコトリ殿……ここは魔法使い殿の家なのか?」
「殿!?殿ってなに!?あ、あの呼び捨てでいいです!えと、魔法使い……おばばさま今森に薬草を採りに出ています」
「俺はどれくらいここで眠っていたんだ?」
「丸々3日といったところでしょうか……そうだ!!」
突然声を大きくした小鳥にカインは驚いた。
そんなカインを気にした風もなく小鳥は持っていたバスケットを掲げてにっこり笑った。
「カインさんずっと寝ていたからお腹すいていますよね?ご飯持ってきたんです」
「おいしくな~れ♪おいしくな~れ♪」
不思議な少女だな、囲炉裏で鼻歌を歌いながらスープを温める小鳥の小さな後姿を見てカインは思う。
今の姿を見ていると年相応に見えるが驚くほど度胸がありしっかりと物を言う。
自分が思うより年上なのかもしれない、とカインは思った。
小鳥がかき混ぜている鍋からおいしそうな匂いが漂ってくる。
緊張がとけたせいかカインは空腹を覚えた。
彼女から話を聞くと自分は丸三日眠っていたらしい。
そして、乗っていた馬は死んだとも聞かされた。
愛馬のことを思い出しカインは知らず歯を食いしばる。
(アークすまない……俺が未熟だったからだ……)
彼の騎士という身分から、そういったことは覚悟しているつもりだった。
しかし、何年もともに過ごした信頼できる相棒を失ったことに自分が思っていた以上の喪失感に苛まれる。
「カインさん……?」
カインは心配げな声にはっとして顔をあげると、湯気をたてるスープの入った椀を持ち心配そうな顔をした小鳥がすぐそばにいた。
「どこか痛みますか?」
「いや……なんでもないんだ。すまない」
「じゃあ、これ飲んで元気になってください。ずっと寝ていたので胃がびっくりしないようにスープゆっくり飲んでくださいね」
「すまない」
差し出された椀をカインは受け取る。
「マリーおばさん特製ですからおいしいですよ」
にっこり笑う小鳥にカインもつられて微笑んだ。