2-第3話
小鳥はおばばさまのところに徹夜で男の看病し、朝日が射してきた頃おばばさまから「山は越えたようだね……小鳥、一度帰りなさい。マシューもマリーも心配しているからね」と言われた。
小鳥は連日の森での生活と徹夜で重い体を引きずって懐かしい赤い屋根と白い壁の家の前まで帰ってきていたのだった。
しかし家のすぐ側まできて小鳥は戸惑う。
入り口の木の扉の前に立ち、小鳥はすーはーと深呼吸をした。
突然、おばばさまの弟子になり家を何も言わずに出てきてしまった。
「おじさんとおばさん……怒っているかな?」
何も言わずに小鳥を受け入れてくれた二人、自分は彼らを心配させるようなことばかりしている。
もしかしたら「もう帰ってくるな」と言われるかもしれない。
そう思いをめぐらして小鳥はうなだれた。
生暖かいものが手の甲に触れ小鳥が振り返るとロウランが心配げな表情をしてすぐそばで見ていた。
「ロウランには心配かけてばっかだね」
小鳥は苦笑してロウランの頭をなでる。
ロウランは小鳥の手に鼻を押し付つけてすんすんとならした。
そしてロウランはおもむろに小鳥に後ろに回ると、ドンと勢いよく小鳥のお尻を押した。
「え!?わわわっ!!」
小鳥はそのまま木戸に突っ込む。
ギイイ!バタン!!
鍵がかかっていなかったらしい扉はそのまま木戸が内側にすんなり開き小鳥は中に倒れこんだ。
入り口の床に間抜けにつっぷすた小鳥。
「小鳥かい!?」
マリーおばさんの驚いた声におそるおそる顔をあげると朝食の最中だったらしい二人が目を見開いて小鳥を見ていた。
「マシューおじさん、マリーおばさん…………」
「まあまあ、大丈夫かい?」
マリーおばさんは椅子から飛んでくると小鳥を抱えあげる。
「大丈夫です」
「ほんとにこの子は驚かせることばっかりするんだから!」
そう言ってマリーおばさんがぎゅっと小鳥を抱きしめる。
その暖かく柔らかい懐かしい感触に小鳥が少し瞳をうるませると、いつの間にかそばにいたマシューおじさんが小鳥の頭をごつごつした手でなでる。
「おかえり」
静かで穏やかな声に小鳥の涙腺は崩壊した。
「っうう……た、ただいま…………心配かけて……ごめんなさい」
小鳥は泣き顔を見せるのが恥ずかしくてマリーおばさんの暖かな胸に顔を押し付けた。
その様子を後ろで見ていたロウランは尻尾をご機嫌そうに揺らしていた。
小鳥はそのまま二人と朝食をとった後、背筋を伸ばして二人に向かい合った。
「おじさん、おばさん……私二人に話があるんです」
「なんだい?改まって急に……」
マリーおばさんは頬に手をあて戸惑った表情を見せた。マシューおじさんは相変わらず無表情だがしっかりと小鳥を見ている。
「私……ずっと黙っていたけど『この世界の人間』じゃないんです」
小鳥は森の中にいたときから考えていたことだった。
もう二人にうそはつきたくなかった。
「私は誘いの森を通って違う世界からきたんです」
小鳥は自分の正直な気持ちで言葉とつなぐ。
「はじめは自分でも何が何でかわからなくて……それでアドレス王国の難民だと思われたって知ったのは、二人に助けてもらってしばらく経った後だったけど……異世界から来た人間なんて気持ち悪いとか変だと思われるのが怖くて黙っていました。でも、おばばさまはそのことも知っていたみたいで、だから私おばばさまにいろんなことを習っているんです」
そう言って小鳥はうつむく。
その事を黙っていたことは、二人の親切を疑っていること裏切ってきたことにならないのだろうか?
小鳥はそう思い、きゅっと口を引き結んだ。
小鳥の様子を見てマリーおばさんとマシューおじさんが顔を見合わせた。
「トリィは森に生かされた者だ……」
しばらくして口を開いたのはマシューおじさんだった。
「俺たちは森を敬い畏れている。昔から森は恵みを与えてくれる……そして時に残酷な一面も持っている。トリィが森で倒れているのを見たときから、この子は『森に生かされる存在』だと思っていたよ」
いつになく饒舌なマシューおじさんに小鳥は目を丸くする。
「あんた、めずらしく口を開いたと思ったら……そんな言い方じゃトリィが戸惑っちまうよ。つまりさ。私らはなんとなくわかっていたのさ」
「へ?」
「あんたが他とは違うってことをさ。でも私らには子供ができなかったから、きっと森からの授かりものだろうって二人で言っていたんだよ」
マリーおばさんがそう言って微笑む。
「だから、おばばさまの所に行くようになった時もさして驚かなかったよ。ああ、やっぱりなって……」
その言葉にマシューおじさんも頷く。
「おじさん、おばさん……」
「でも、そんなこと抜きにしてさ!私らはあんたのことを本当の子供みたいに思っているんだよ……トリィにとっちゃそれは迷惑かい?」
「そ、そんなことない!!」
小鳥はぶんぶんと頭を振った。
「そうかい」
マリーおばさんはにっこり微笑んだ。
「私らはそれで十分うれしいのさ。この年になってこんなかわいい娘ができたんだからね。だからあんたは私たちに気兼ねする必要なんてないのさ。ここから自由に羽ばたいてお行き。帰ってきたくなったらいつでも帰ってきていいんだよ」
その言葉にマシューおじさんもうんうんと頷いている。
小鳥は二人の顔を交互に見た後、顔を伏せる。
ひざに置いた握りこぶしに暖かいものがぽたぽたと落ちた。
「おじさん、おばさん……二人ともありがとう……」
小鳥はそれだけ言うのが精一杯だった。
それからおよそ三日後、いつもの日常に戻った小鳥は畑仕事の後、マリーおばさん特製のお弁当を持っておばばさまのところに来ていた。
怪我をしていた青年の様子も気になり、小鳥はおばばさまのところに毎日足しげく通っていた。
それに魔法使いの弟子としての修行もある。
と言っても、青年の看病もあり修行らしい修行はしてない。
おばばさまの弟子になったことについてもマシューおじさんたちにかいつまんで話してあった。
森の中一人で生活していたことはマリーおばさんの心臓のため、伏せていたのだけど……そして今の状況――――――
小鳥はこの世界にきてから何度目かの絶体絶命のピンチというものに遭遇していた。
森の中で倒れていた群青色の髪の青年はなんとか命をとりとめた。
おばばさま曰く「毒が完全に抜けるまでしばらくかかる。目覚めるのはまだかかるだろう。こればっかりは本人の体力と気力次第さね」とのことで小鳥は眠ったまま彼に水を飲ませたり包帯をかえたり甲斐甲斐しく世話をしていた。
森で倒れていた男に同じく森で助けられた小鳥はなんとなく親近感と同情を抱いていた。
そして、現在その彼が今小鳥の首筋に剣をつきつけている。
ぎらりと光る剣はそれの切れ味を予想させた。
小鳥はごくりとつばを飲み込んだ。
剣からその持ち主の顔に視線をすべらす。
目を覚ましてはじめて見る彼の瞳は髪の色はまた違う、抜けるように澄んだ青で日本の夏の空を思い出させた。
しかしながら、その瞳は小鳥を殺気立ち下手なことを言えばこのまま首がとびそうな緊張感をはらんでいる。
眠っているときも思ったけど美形だな、などと小鳥は一瞬状況を忘れて明るい場所ではじめて見る青年の顔を見て思った。
不思議な青の髪は元の世界では染色しなければありえないが、地毛のようで艶やかで磨かれた青銅のようでいて以外に柔らかいことを小鳥はこっそり看病しているときに触ってみていて知っていた。
それに加え元の世界では欧米人のような堀の深い顔、すっと通った鼻筋に眠っていたときには長いまつげがふせられてわからなかった意志の強そうな空色の瞳。
なんてことをやや現実逃避しながら小鳥が思っていると、静かなだが威圧感のある声がその思考をさえぎった。
「お前は何者だ?それにここはどこだ?」
起きたばかりだからだろう。
青年は顔色が悪い。
しかし、その目はと迫力は強い意思を持っていて小鳥を捕らえる。
(なんだかとっても怒っている!?……は!?もしかして起きないかどうか高い鼻をつまんだときもしかして意識があった!?……いやいやあれはちょっとした出来心というか、一般的日本人としてはこのハリウッド俳優ばりの顔が現実感がなくてやってしまったというか……)
「おい、お前口がきけないのか?」
じっと男の顔を見つめまま何も言わない小鳥に、男は苛立った声を出す。
「……ここは、おばばさまの……コッペンハルム村の魔法使いの家です。そして私はその弟子です。あなたは森の中で矢が刺さった状態で倒れていたのをここまで連れてきて治療しました……治したのはおばばさまだけど、でも私もずっと看病していたし……あなたは命の恩人に刃物をつきつけるのが礼儀だと習ったのですか?」
小鳥は少しむっとして答えた。
最後が嫌味っぽくなってしまったのはご愛嬌だ。
首にひんやりと突きつけられた剣は気を抜けば震えそうになるくらい怖いが、ごく最近まで森で生活していた小鳥はこういったときこそ冷静にならねばならないこと学んでいた。
野生の動物が本当に相手をしとめるつもりならば今頃のど笛を食いつかれて死んでいる。
ならば、今騒いだところで仕方がない。
小鳥はキッと男を睨んだ。
目を合わせなきゃいけないのは野生動物であって人間相手には違うということを忘れている小鳥です……。