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第2章 胎動 第1話

 常闇を思わせる新月の晩、動き出すのは夜行性の動物たちだけではない。

 草木も眠る時刻にもかかわらずいくつもの蹄の音が荒々しく大地をかける。


 一頭の馬に乗った男を、松明を持った馬に乗った男たちが追いかけていた。

 闇夜の中でも逃げる人馬は一体ごとく、たくみ手綱を操っている。追いかけている男たちよりも速い。

 しかし、闇夜の中を逃げる男も馬も走り慣れておらず危うい。

 対して、追いかけている男たちは闇に慣れている様子で彼を見失うことはなく並んで追いかけてくる。

「くそっ!!」

 追いかけられている男が馬上でそう吐き捨てた。 

 声は若く焦りが出ていた。

 このまま馬を全速力で駆けさせれば、いずれつぶれてしまう。

 ふと、背後から迫る気配を感じて剣を抜く。

 追いかけてきた一頭が追いつき斜め後ろについたのだ、相手の男の手にも抜き身の剣。

 視界は心もとなかったが、彼の剣の腕と経験から相手がこちらに剣を振りかぶってきたのを察し自分の剣で受け止める。

 ガキン、と蹄の音の中に金属の音が響いた。

 何回か剣をわたりあい相手を馬上から突き落とす。

 男のうめき声が聞こえ、気配が消えた。

 しかしその瞬間、右肩に衝撃と熱さを覚えた。

「っ!?」

 自分の右肩を振り返ってみると、矢がささっていた。

 どうやら一人の男と打ちあっている音に向かって他の男たちが矢を放ったらしい。

 この闇の中で馬上の相手を射抜くとは信じられないことだったが、それだけに相手がそれだけ玄人だということがわかった。

 彼は力任せにそれを引き抜き投げ捨てた。

 強い痛みに意識が飛びそうになるが、手綱は必死に掴んでいた。

 だが、次第に意識が朦朧としてくる。

「毒……か……」

 それに気づいたところでどうすることも出来ず彼は意識を手放した。

 

 

「おい、大丈夫か」

 追いかけていた男たちが馬上から落ちた男に声をかけた。

「足の骨が折れている」

 男たちは全部で3人、いずれも密偵や暗殺を生業なりわいとしている玄人たちだった。

 今回の殺しを依頼されたが、相手もなかなかの手だれでアルフォード皇国の東の僻地まで追いかけることとなった。

「おい、あいつは逃がしたのか」

「いや、放った矢に手ごたえがあった。毒を塗った矢を負ってあの森に入れば生きては出てこれまい。死体は獣たちが消してくれる」

「だが、死んだのを確認しなくていいのか」

 普段の彼らなら依頼された任務を忠実に守る。

 例え、致命傷を負わせても死んでいると確認するのが当たり前だ。

 それに、黙っていた仲間の一人が口を開く。

「この先は『誘い森』しかない。もし生きていたとしても戻っては来れまい……それに、森の深みにはまれば俺たちも帰ってこれなくなる」

 その言葉に他の男たちも頷いた。














 

 


 森の異変に先に気づいたのはロウランだった。

 ぴくっと耳動かし、視線を一点に集中させた。

 新月の暗闇の中、何かを感じて一点に集中しているのがわかる。

「どうしたの?ロウラン」

 今日は、修行の最後の新月の晩。

 なんとなく緊張し、半分意識を持っていた小鳥がロウランの異変に気づき顔をあげた。

 そのため急に立ち上がったロウランから滑り落ちることを小鳥はなんとか避けられた。

 ロウランの緊張が小鳥にも伝染する。

 ロウランが見つめるただ一点に小鳥も同じように見つめた。

 


 ざわざわ



 風もないのに森が騒いだ。

 小鳥にはもうそれが森の精霊たちの囁きだということをいつの間にわかっていた。

 それに小鳥は耳を澄ます。

「にん……はいって……?」

 小鳥はそれを聞き取り断片的な情報を繋ぎ合わせる。

「何が起きているの?」

 森での庇護者に小鳥は問うが、ロウランは凝視したまま動かない。

 

 何かの鳴き声が聞こえた。


「馬……いななき?」

 ロウランが姿勢を低くしたかと思うと、一気に跳躍して走り出した。

「え!?ちょっと待って!ロウラン!」

 まだ状況が掴めていない小鳥などお構いなしにロウランは疾風のはやさで森の暗闇の中に消えた。

 小鳥も一瞬戸惑ったが、ロウランを追いかけて走り出す。

 暗闇の中、足場も悪かったがロウランが向かったほうに小鳥は懸命に走る。

 夜は森の草木も眠る。

 だが、予期せぬ闖入者に森の精霊たちも目覚めたようだ。

 植物たちは大地の力そのもの、昼間は日の光で気付かないが夜目覚めればその光を放つ。

 そのほの白い光を頼りになんとか小鳥は方向を見失わずに走ることができた。

 途中、きのこの傘を頭にかぶった妖精――小鳥の足をひっかけるいたずらをした奴らである――がちょろちょろと慌てているのが見えたのでむんずと掴む。

 いつもは、ちょこまかと素早い彼らだが慌てていたせいか小鳥の存在に気づかずあっさり捕まった。

「ちょっと何が起きているのか説明しなさい!」

 小鳥の片手で掴めるほどの大きさのそれはキーキーと喚いて抵抗したが観念したのか大人しくなって小鳥に言葉ではなくイメージを伝えてくる。

「馬に乗った人間?……一人だけ……今、あの獣たちに追われているの?」

 イメージを得ながら小鳥は言葉にする。

 あの獣たちとは例の小鳥も追いかけられたジャッカルのような獣である。

 用が済んだので妖精を解放すると、また走りだす。

 小鳥が森にいた間、人がこんな奥深くまで森に入ってきたことはない。

 人間も気になったが、ロウランのことも心配だった。



 ヒヒーン、と馬のいななきが近くで聞こえた。


 怯えた声に小鳥の胸裏に緊張が走る。

 小鳥はそれを暗闇の中もそれを確認しその方向に進む。

「ロウラン!!」

 小鳥は銀色の毛並みを見つけて叫ぶ。

 ロウランは5匹の獣たちとにらみ合っていた。

 ここはちょうどロウランと獣の群れの縄張りの境目あたり、そして黒毛の馬が獣たちに引き倒されていた。

「あれは男の人!?」 

 馬から落ちたのか若い男らしき姿が倒れていた。

 ぴくりとも動かない姿に小鳥は冷や汗が背中に伝うのを感じる。

 そのときである。

 ロウランとにらみ合っていた獣たちの体格の一番大きなものがロウランに向かって飛びかかる。

 間髪をいれず、他のものたちもロウランの横から襲いかかった。

「ロウラン!!!」

 小鳥は悲鳴のような声をあげた。

 ロウランの体躯は獣たちより一回り以上大きいとはいえ向こうは5匹である。

 獣たちの唸り声と争いあう声が辺りに響いた。

 小鳥は追いかけられた恐怖が蘇り、その場にへたり込む。

 見たところ数が多いとはいえロウランのほうが優勢だが、獣たちもこの大きな獲物をとられまいと必死である。

 ロウランが後ろから噛みつかれ血が飛び散るのを見て小鳥は血の気を失う。


―――――――ロウランが傷ついている……!!


 一拍遅れてその事実に小鳥は気づき、なんとかせねばと震える手で近くに落ちていた石を拾うと獣たちに思い切り投げつけた。

「キャウン!」 

 小鳥の投げた石は一匹に見事に当たったが、効果のほうは薄く逆に小鳥の存在に気付いて小鳥に襲いかかる。

 なんとかそれを転がるように避ける。

「グルルルル」

 凶暴な二つの丸い光が闇の中小鳥を睨みつける。

 ロウランは、こちらを助けようとするが他の群れの獣に邪魔をされている。

 また、新たにロウランの体に鋭い爪が引っかかり傷をつくった。

 それを見た小鳥に頭を強く殴られたような衝撃が走り目の前が真っ赤になった。


「ロウランを傷つけるな……」


 ふいに小鳥の表情が何かに憑かれたようなものに変わる。

 ひたと自分に襲いかかった獣の目を睨みつけた。


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