第19話
天上の光るゆりかごのような下弦の月。
月はもう大分細くなり、あと2、3日もすれば新月が訪れるだろう。
小鳥は森での生活にもだいぶ慣れてきて、ゆっくりと星を望むことができる。
いや、それは自分にそっと寄り添うこの強く美しい銀色の獣の存在も大きいだろう。
ロウランの暖かい体に小鳥はもたれた。 夜はこうして寄り添いながら眠る。
月がだんだん細くなり、月の光が少ないぶん今宵は星がよく見えた。 満天の星空とはこういうものを言うのだろう。
小鳥が住んでいた場所も田舎で星がよく見えたが、電気もガスも車もないこの世界は空気がもっと澄んでいる。
小鳥はこれほど星が見えるのかと感動さえ覚えていた。
元の世界でどうやったら星座表の絵のように見えるのか不思議に思ったものだが、今はそれも納得できた。
こうやって光がない古代の人々は星空を望んでさまざまな想像をめぐらしたのだろう。
昼間に活動する動物や植物も寝静まり夜は静かだ。
森がほの白く光ることは度々あったが、あのおばばさまに連れられて森の奥深くの大樹まで行ったときほどの光はない。
あれはやはり特別なものだったのだろう。
あの光は太陽の光のように見つめれば目がやけるようなものではなく、まったく別なものだと小鳥は理解し始めていた
。 見つめてしまえば引きずり込まれるようなもの、おばばさまが言っていた『向こうに持っていかれる』という言葉がだんだんわかってきたような気がする。
「ああ、そうか……」
小鳥は独り言ちる。
「本当にわかるってこういうことなのかな」
言葉をそのまま暗記することではなく、”自分自身に刻みつける”ということ……心と体でわかるというのはこういうことではないか。
「それにしたっておばばさま心の準備もさせてくれなくて急すぎるよ!」
ここで言ってもしょうがないことだが、小鳥は独りぶつくさ言う。
そのうち欠伸が漏れ、瞼が落ちてくる。
小鳥はロウランに体に頭をのせ、彼の心音を聞きながら眠りに落ちた。
同じ時刻、同じく森の中、空をながめる一つの小さな影。
いや、肩に漆黒の翼をもつイルディーカがとまっていて、おばばさまの暗い色のローブと一緒に闇に溶け込んでいた。 おばばさまは天上の星たちを眺め時を見ていた。
空を見つめ大地の息吹を聞き世の流れを知る術を彼女は知る。
それが彼女の仕事であり、宿命だった。 地上と天上、人々と星々、異なるものが相対するように存在する光たち。 じっと静かに見つめる先には西の空の青く光る星。
「煌めいていた青き星の光を弱まっておる……だが、すぐ近くに光るあの星は……」
おばばさまの言葉は闇に溶け込んで消えていく。
それを聞いたのはおばばさまの半身ともいえるイルディーカのみ、そして言葉の意味を知るのはおばばさまのみだった。
小鳥が眠る間も世界は刻一刻と変わる。
ようやく彼女がこの世界の理を少しずつ理解し始めた。
しかし、彼女が完全に理解するのを世界は待ってはくれない。
月が毎夜違う顔を見せるよう、森の表情が毎日変わっていくように時間は誰にもとめることが出来ない。
季節はうつろい実りをもたらす秋が通り過ぎ、冷たい風が吹く冬が来る。
時間が流れるのは時に残酷だ。 世界は動き、同じようでいて同じものは決して存在しない。
人々はそれを知りながら、真に理解する者は少ない。
ただ変わってしまったものに対し、茫然とするしかない。
時が過ぎゆくのを前にして人は無力だ。
今は深き森に抱かれて羽を休める小鳥、森や周りの人々に愛され安らかな眠りにつく。
しかし、彼らの憂慮も悲嘆も構うことなく運命の歯車は回りだす。
それが誰にとって幸運となるのか悲劇となるのは誰も知らない。