第18話
「ふあーよく寝たー」
小鳥は朝の光を浴びながら大きく伸びをした。
安心して熟睡できたのは久しぶりだ。
夜じゅうずっと温めていたくれた主、ロウランを見て小鳥はにこっと笑う。
「ありがとう、ロウラン」
ロウランも立ち上がり小鳥を見ている。
ぐう
小鳥はお腹を押さえた。
そういえば昨日は何も食べてない。
「あはは……何か食べるものないかな」
昨日は興奮状態で感覚が麻痺していたが、安心したせいか空腹と疲労感は頂点に達していた。
「はあ、でももう動きたくない」
小鳥はその場でへたる。
ロウランは心配そうに小鳥に鼻を寄せた。
「ロウラン、この辺で木の実がなってるとこ知らない?」
ロウランはじっと小鳥を見つめる。
「ってロウランは木の実なんて食べないもんね~」
自分で聞いて自分で返事をする、小鳥はなんだか虚しくなってきた。
というより昨日からロウランには助けられっぱなしなので、これ以上頼るのもいかがなものか。
しかし、ロウランは小鳥の服の裾を噛んで引っ張った。
「ん?ロウラン」
ロウランは小鳥に背を向けて歩き始め、少し行ったところで振り返った。
どうやら『ついてこい』という意思らしい。
ゆっくりとした足取りに小鳥もそれについて行くことができる。
しばらく歩いたところに赤く丸い実がなった木の前にたどり着いた。
「ありがとう!ロウラン!」
小鳥がロウランに向かっていうと、少し誇らしげにロウランは胸をそらした。
ちなみに尻尾がパタパタと降っている。
そんなロウランに思わず抱きついて艶やかな毛並みをしばらく味わった後、今度は木の実をもぎ取り口に運びはじめた。
小鳥の手のひらに乗るほどの大きさで、やや酸味があるが甘い。元の世界のプラムに似ている。
「おいしい!」
久しぶりのまともな食べ物である。
小鳥はいくつも夢中で食べた。
5つほど食べてお腹も落ち着いたとき、突然、頭上から声がかかった。
「あーやだやだ!人間ってどうしてこう意地汚いのかしら!?」
驚いて小鳥が見上げると、小鳥と同じくらいの年齢の少女が木の枝に腰かけている。
果汁でべたべたになった口周りを拭きもせず小鳥はぽかんと口をあけた。
彼女の容姿があんまりにも人間離れしていたからである。
色が白い、というより存在そのものが淡白く新緑と同じ不思議な色の髪は腰まで長く、同じ色の瞳をしている。
白いギリシャ神話に出てくる登場人物のような白い布を体に巻きつけ腰を帯で縛るドレスのような格好をしていた。
「いつまで馬鹿みたいな顔してるのよ!それとも言葉もしゃべれないの!?」
少々、キンキンした声で少女が小鳥を見下ろしながら言った。
「あなた……だれ?」
いや、というよりなに?
「人に名前聞く前に自分から名乗るのが普通でしょ!?」
「ご、ごめんなさい。私は小鳥」
「ふん!まあ、いいわ。教えてあげる。私はこの木の精霊のカリンよ!」
少女は偉そうに胸をそらす。
「木の精霊?」
小鳥が不思議そうに問いかけると、カリンは馬鹿にしたような顔をした。
「あんた、そんなことも知らないの!?」
「ごめんなさい。私、こちらの世界のことあまり知らなくて……」
その言葉を聞いてカリンは木から飛び降りて小鳥の前に立った。
まったく体重を感じさせない動きだ。木の精霊というのは本当らしい。
カリンは小鳥のことを上から下までじろじろと見る。
「ふーん……あんた、この間森の力が動いたときに入ってきたの?」
「知ってるの?」
「当たり前でしょ!?私はこの森の一部なんだから!」
心外だとばかりにカリンは叫んだ。
「そ、そういうものなの?」
カリンはさきほど実を食べた木の幹をばしばしと叩く。
「私の本体はこの木だもの!森の異変ぐらいわかるわよ!」
「へえ」
「ほんとに何も知らないのね!仕方ないから教えてあげる。木の中でも特に長い年月を得て大地の力を得た木が私みたいに意識を持つのよ!なかなか私くらいはっきり実体を持てるのは少ないんだから!」
誇らしそうにカリンは胸を張る。
「そうなんだ……あ、勝手に木の実食べちゃったけど」
ちらりと黙って二人の様子を見ているロウランを見た。
少女に警戒した様子はない。
おそらくカリンは害意のあるものではないのだろう。
「別にそれくらいいいわ!種を動物たちに運んでもらうためにつけているのだし、大地から栄養をもらってつけた実だもの。人間見たいに独占するものでもないし、誰のものというものではないわ!!」
これは嫌味なのだろうか、と小鳥は悩む。
かと言って目の前のカリンは偉そうなものの侮蔑の眼差しではない。
そういうものか、と小鳥は精霊が言う物の価値観に納得する。
カリンの態度は、なぜか上から目線の言い方だったが不思議と不快感を感じない。
思うとおりに口にしていると感じで陰湿な感じがしないからだろう。
「うん、でも美味しかった。ありがとう」
にっこり小鳥が笑うと、カリンは少し赤くなってそっぽを向いた。
「あ、当たり前でしょ!私の実なんだから!!また食べに来てもいいわよ!!」
「本当に?」
「べ、別に他の動物たちも食べにくるし、あんたが特別なわけじゃないわよ!」
そう言ってカリンはすっと木の中へ煙のように消えた。
目の前で起こったことに驚きつつ、小鳥は感動していた。
「ほんとに精霊なんだ……」
『当たり前でしょ!』というカリンの声が聞こえたような気がして小鳥は忍び笑いをもらした。
それからロウランと一緒に森で過ごすようになってから、カリンをはじめ不思議な者たちを度々見るようになった。
それらは小鳥の視線に気づくとさっと隠れてしまったり、後ろから髪を引っ張ったりといたずらをしたりをする。
しかし、それくらいのもので害意はないようだ。
確かにカリンが言うようにカリンほどしっかりと実体をとり言葉をしゃべるものはいない。
ロウランはそれらを特に気にした様子もない。
彼にとっては当たり前のことのようだ。
「ふぎゃ」
ロウランと一緒に森の中を歩いてると、何かに足をひっかけ小鳥は転んだ。
落ち葉のクッションのおかげで大した怪我もないが、ぎっと小鳥は後ろにらんだ。
クスクスともクシュクシュともとれる笑い声が聞こえる。
小さなキノコ傘をかぶった小人がささっと木の陰に隠れたのが見えた。
「ガルルル!」
ロウランがそれらに向かって威嚇すると、慌てて逃げるのが気配でわかった。
最近、なぜかはわからないが小鳥は森で生活していくうちにそういった不思議なものたちがハッキリ見え気配を察知することができるようになっていた。
しかしながら……
「完全になめられている……」
現に共にいるロウランに被害はない。
森の精霊、妖精に類するものたちは小鳥狙って遊んでいる。
「くそう……」
小鳥が地面をたたくと、ロウランが心配そうに鼻を寄せてきた。
「ありがとう。ロウラン、怪我はないよ」
一方、こちらの獣は小鳥を庇護する対象とみなしたようだ。
夜は毛皮にくるんでくれ、昼は食べるものがある場所に案内してくれたり探すのを一緒につきあってくれる。
一度ウサギを仕留めて小鳥に持ってきてくれたが、さすがにそれは遠慮した。
火もない状態で生のままで食べれるほど小鳥は野生化していない。
目の前でロウランがウサギを食いちぎる姿を見て、しばらく肉が食べれそうにない光景を目の当たりしたが、考えてみれば今までの暮らしだって他の命をもらって自分たちは生きているのだ。
小鳥自身もジャッカルに似た獣たちに追いかけられたが、ロウランと行動するにようになってから襲われることはない。
ロウランの気配を感じると他の動物たちは逃げていく。
どうやらロウランは食物連鎖の頂点に立っているらしい。
虎の威を借る狐だが、それを精霊たちは感じとっているらしい。
さきほどのようにいたずらされることが多くなってきている。
小鳥は一人で森にいたときは違う疲れを少し感じていた。