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第14話

 ニンゲンノニ オイガスル


 『彼』は鼻をひくつかせ立ち上がった。

 人よりはるかによく多種多様な匂いをかぎ分けられる彼は森の”侵入者”にすぐ気がついた。

 森は『彼』にとって生まれた場所であり、日々狩りをし動物を食らい、その動物は森の植物を食べ生きていき、やがて『彼』自身も土にかえるだろう。

 そしてそれがこの森の摂理であり彼らの生活なのだ。

 『彼』は群れをつくらず一匹で暮らしていた。

 今も自分の縄張りの住みかで寝転んでいた。

 『彼』は森の中でも強い力を持っていたので他の獣たちはよほどのことがなければ『彼』の縄張りへは近づかない。


 カワッタニオイ



 彼にはこの付近に住む人々の匂いがわかった。

 森周辺の土からの恵みを同じく得ている人間、普段食べている獲物と同じような匂いがする。

 ときたま、よそから来た人間も森へ入ってきたが、それの多くが獣たちの糧となり森の土となった。

 しかし、今かぎ分けた匂いは何か違った。



 カイダコトガナイ ニオイ デモ イイニオイ



 耳をそばだてる。

 彼の耳は木から木の葉が地面に落ちる音さえ聞くことができた。

 何やら聞きなれぬ足音がこちらのほうへ向かってくるのであるのが理解できた。

 この森に人が立ち入ることは滅多にないが、彼は人間を遠くから見たことはあった。

 

 オワレテイル



 二本足で歩く脆弱な人間、音からして力の限り走っているらしいが時々転んだりして彼からして実に鈍い。

 対して追う四本足は力強く大地をけり走っている。一頭ではない群れのようだ。

 おそらく『彼』の縄張りと隣接する縄張りを持つ十数匹の獣たちだ。

 『彼』とは違い四・五匹のグループで狩りする。

 彼らも同じように、その人間の”匂いの違い”をかぎ分けているらしい。

 性急に獲物を狩ろうという感じではなく、この不審な者がなんなのか判断しあぐねているようだ。

 野生動物は人が思うより、慎重で臆病だ。



 アチラノホウニ イル



 そう判断した彼は、走りだした。

 なぜだかそうしたのかはわからない。

 『彼』がその獲物を横取りしようという気持ではなかった。

 ただ、純粋な興味。

 しかし『彼』はその侵入者に興味があった。

 わくわくするような不思議な感じだ。

 『彼』にとってそれは初めての感情であったが、『彼』という存在は感情に対して思考するということに意味を持たない。

 ただ衝動的に自分の一部のような森の中を疾風のはやさで走りぬけた。























――――――怖い、怖い、怖い

 

 恐怖でその場でうずくまりそうになる。

 小鳥はその衝動をなんとか押さえつけ、とっくに限界を越えた足の筋肉を動かした。

 心臓の鼓動が走った状態でもどくんどくんと聞こえて、息が苦しい。

 息をするたび喉が焼けるように痛かった。

 とにかく逃げることだけを頭にして、森の中を駆け抜ける。

 途中、木の枝や蔦などに頬や腕を引っ掻いて切り傷をつくり、痛みより熱さを感じたがそんなことに頓着している場合ではなかった。




――――――逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ!!




 がさがさ、と脇の茂みが揺れ、灰色の影が見えた。

 大型犬のような大きさ、鋭いきばを持ち群れで行動している獣だ。

 小鳥の寝床の近くにあった足跡、随分前から小鳥に気づいていて、様子をうかがっているようだった。

 寝床から離れたほうがいいと判断した小鳥が小川に向かって行ったところ、その道に待ち伏せされていた。

 それから、彼らから逃げている。

 しかし、圧倒的に彼らの足のほうが早い。

 追いつかれるのは時間の問題だった。

 必死に走る小鳥だが、周りを徐々に囲まれてきている気がする。

 突然目の前に、灰色の毛並みをした獣が歯をむき出しながら飛び出してきた。



 

――――――回り込まれた!!




 目の前に歯をむき出しながら唸る獣。

 灰色の毛並みに斑点模様がある。

 近くで見るとオオカミというよりサバンナのジャッカルに近い姿をしていた。



 後ろを振り返れば、もう一頭。

 逃げ道を求めて左右に首を振れば、また木の陰から現れる。



 完全に囲まれた。

 小鳥はすぐ近くにあった木に後ずさり背をつける。

 走ってかいた汗とは別の汗がどっと背中に流れるのを感じた。

「グルゥゥゥゥゥ」

 威嚇しながら、獣たちは小鳥を中心にした包囲を一歩一歩狭める。

「私なんて食べてもおいしくないよ~……」

 群れのボスらしい一番獣に目を合わせながら言った。

 目を外した瞬間襲われると小鳥は本能で悟っていた。

 そして、小鳥の言った言葉は一種の気休めである。

「こんなところで死ねないよ……」

 小鳥は目をそらして逃げ出したい衝動と闘いながら呟いた。

 しかし、獣たちはそんなことお構いなしに小鳥を追い詰める。

 もう彼らと二メートルほどの近さだ。


「ガルウゥウウウ!ガウッ!!」


 ボスが小鳥に飛びかかってきた。

 その瞬間が小鳥にはスローモーションのように感じる。



――――――犬に襲われたら鼻を叩きなさい




 ふと、小鳥の頭に祖母から言われた言葉が浮かんだ。

 小鳥が暮らしていた山村の近くで心ない飼い主が山に犬を捨て、それが山で生き抜いて野良犬となって村の子を怪我をさせるということがあった。

 その折、祖母から言われた言葉だ。

 


――――――こんなところで死ねない!


 小鳥は襲いかかりくる獣から目を離さずしっかり狙いをさだめる。

 目まぐるしく小鳥の思考は働いたが、それは一瞬のことだった。


「えいやっ!!」


 獣の鼻頭めがけて思い切り右足で蹴飛ばした。

 運よく小鳥の足はボスの急所に当たったようである。


「キャイン!」


 見事命中し小鳥に襲いかかっていた勢いもあり派手に吹っ飛んだ。

 しかし、安堵する暇はない。

 他の群れが襲いかかってこようとする前に、背にしていた木に足をかけ必死に登る。

 ボスを返り討ちにし一瞬動揺していた群れだがすぐ木の下に集まってきた。

 そのボスも大した怪我もなくすぐ起き上がった。

 小鳥のひ弱な力では驚かせた程度だっただろう。


「痛っ!」


 一匹に足のすねを鋭い前足の爪でひっかかれる。

 しかし、かわまわず獣たちが届かないところまで登りきった。


「ふう」

 ようやく小鳥は安堵して下を見た。

 獣の群れはあきらめきれない様子で小鳥がいる木のまわりをぐるぐる回っている。

「私なんて食べてもおいしくないってばー!」

 小鳥は声をかけるが、無論通じるわけがない。

 しばらく小鳥の様子を見ていた群れだが、小鳥が降りる様子を見せないので諦めたのかまた森の中へ消えていった。


 それを見てほっとした小鳥だが、木に登る際引っ掻かれた左足がずきずきと痛みだす。

 ふくらはぎがざっくりと深く切れて血が出ていた。

 とりあえず清潔にして何かで止血しなければならないが、この足では下に降りれそうもない。

 仕方ないので頭にしていた三角巾で止血をする。

「っつ!」

 傷口は痛み小鳥は眉をしかめたが、しっかりと巻き固定した。

 とりあえずこれで降りなければならない。

 登るときは逃げることに夢中だったのでわからなかったが、結構な高さにいる。

 二階の屋根ほどの高さだ。

 落ちたら骨折するかもしれない。

 しかし獣の牙や爪で引っ掻かれた傷を放置すれば不衛生で炎症を起こしかねない。

 小鳥は左足をかばいつつ何とか木を降りた。

 

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