第13話
おばばさまの『修行』が数日が過ぎた。
相変わらず森で食べられるものを探し、それでなんとか飢えをしのぎ夜は獣に怯えながら眠る。
小鳥はここ数日で心身ともに疲労していた。
そして自分の甘さを実感する。
マシューおじさんとマリーおばさんの暖かい庇護下にいて忘れていた。
のど元過ぎればなんとやら、だ。
森の深さを――――――森の怖さを――――――
安心して眠れる暖かい寝床、おいしい食事。
すべてがいつの間にか当たり前になっていた。
いや元の世界にいる時も当たり前だと思っていた。
ちゃんとしたものも食べれず、毎日食べ物を探して歩き回る。
体は疲れていたが、不思議と小鳥は心が研ぎ澄まされたような心境だった。
体の中で無駄なものからそぎ落としいくような感覚。
あまり体を動かしすぎても体力を削るだけなので自然ひとり考える時間が多くなる。
森の中でひとりだったが、生命が息づくこの場所は不思議と孤独を感じなかった。
ただ懐かしく元の世界の家族を思い出す。
家族は小鳥を含めて五人、祖母、父と母、そして二歳年下の弟。
母はやさしいが躾けには厳しかった。
父は母にぞっこんだったためか母の言うことは否定したことがない。
いやむしろ父のほうが母に叱られていたことが多かった気がしないでもない。
そのため祖母が泣いた小鳥を慰めてくれることが多かった。
生意気にも小学生のうちに小鳥の身長を抜いてしまった弟。
ぶっきらぼうだが、小鳥の容姿に対して陰口を言う村のこたちに本気になって怒ってくれるやさしい奴だった。
明るい父にしっかりとした母、ぶっきらぼうだけどやさしい弟、おだやかに見守ってくれる祖母、小鳥は幸せだった自覚する。
毎日学校に行って家族と一緒に食事してテレビを見てくだらないことで笑ったり……そんな当たり前だったことが今では当たり前ではない。
友達だって泣いてばかりいないで自分から話しかけていたら状況は変わっていたかもしれない。
ただ自分の容姿を嘆いてあきらめてばかりいた。
「姉ちゃんは悪くないのに、なんで泣くんだ!」ってよく気の強い弟に怒られていたっけ。
そう思い出し小鳥はくすりと笑った。
そのあとで驚く。
こんな状況でも笑えるものなのか。
「ああ、そうか……私は何も返せてない」
小鳥に対する愛情も心配も、何もかもお礼も謝罪もしたことがなかった。
二度と会えないかもしれないなんて思いもしなかった。
「絶対に生きて帰らなきゃ」
帰って大事な人たちに帰って言わなくてはならないことがある。
やり残したことがある。
しかしながら、気持ちだけで人生やっていけるようなそんなに甘くない。
「まだ、あんなに月が太ってる……」
寝床にしているうろから出て、木々の隙間から見える月を眺める。
もし月が女性なら失礼なセリフであろう。
しかしながら、小鳥はこんなに切実な思いで、月を眺めたことはなかった。
「星がこんなに出ているんだ」
月光があるにもかかわらず空に瞬く星の数は驚くほど多い。
小鳥ももともと田舎に住んでいたため、星がない空というわけではなかったがここまで綺麗ではなかった。
「そういえば、こちらに来てから星空なんて眺めたことなかったな……」
早朝から畑を耕し日が暮れれば寝てしまう生活をしていたためこうやってゆっくり空を眺めることもなかった。
「こうやって見ると元の世界と変わらないように見えるけど、少し違うみたい」
小鳥の乏しい天体の知識なんてカシオペア座や北斗七星、オリオン座など理科で習った程度だが、どこにもそれらしき星座はない。
「月はあるのに……」
よくよく考えてみればこの世界と小鳥のいた世界はどう違うのだろう。
別次元?パラレルワールド?
おばばさまは『歪み』と言っていた。
おばばさまは知っているだろうか。
とりとめもないことを考え小鳥は自分の今の知識ではわからないことだと頭を振って考えを追いやった。
今は考えてもしょうがない。
そして眠りについた。
数日聞こえていた遠吠えも聞こえない。
小鳥は久しぶりにぐっすりと眠った。
小鳥は次の日の朝、木のうろから出て愕然とした。
木のまわりの無数の足跡。
大型犬のものとよく似ている。
よく見れば複数のものとわかった。
「ここに来たんだ……」
群れで行動する獣、それは元の世界でオオカミと呼ばれるものに近い。
マシューおじさんやおばばさまから聞いた知識だ。
群れで行動し草食動物を狩る。
時には村の家畜を襲うこともあるらしい。
それが、ここにきた。
おそらく匂いをたどって、人間の鼻より野生の動物の鼻は何十倍もいい。
小鳥は震える両手を握りしめた。