第11話
「はい」
小鳥は自分でも驚くほど静かな声ではっきりと告げていた。
「私、魔法使いになりたいです」
おばばさまの話を聞いた小鳥はすぐ腹は決まった。
「死ぬかもしれぬぞ」
おばばさまは脅すように言った。
「自分の小ささはここに来てよく知りました。死ぬのは確かに怖い。でも、何もせずにあきらめたくないんです」
淡々と小鳥は言う。
「それに……」
「それに、なんじゃ?」
小鳥はおばばさまをギッと睨んだ。
「繋ぐ森かなんか知りませんけど、勝手にこっちに来させられて散々な目にあって……このまま世界の力ってやつに振り回されるなんてごめんです!!」
おばばさまは一瞬虚をつかれたかのような顔をした。
そして、今までで一番楽しそうに笑い始める。
「ヒーッヒッヒッヒ!やはり私の目に間違いはなかったんじゃな」
涙を拭きながら笑うおばばさまに小鳥は憮然とする。
「こっちは一世一代の覚悟で言ったんですよ」
「ほめておるんじゃよ。私の若いころにそっくりじゃ。イイ女になるぞ」
小鳥はおばばさまの若いころを想像するが、今のしわしわかぎ鼻のおばばさまの姿から離れられない。
「若いころの私なんて都一の美人と言われて求婚者が家の前に群がるほどだったんじゃぞ」
自慢げに語るおばばさまだが、小鳥は今の姿のおばばさまに求愛する男性陣を想像し噴き出しそうになり、慌てて両手で口元を押さえる。
「まあ、私の話はこれくらいにして……」
すっくとおばばさまは立ち上がる。
「さてそうと決まったからには、これから修行じゃ」
そう言っておばばさまはにいっと笑った。
おばばさまはテントを出てランタンを持って外に歩き出す。
満月とはいえ森の中、暗闇の中を歩くのは危険だ。
しかも、今日は歩き通しである。
昼間と違っておばばさまの歩みもゆっくりだが、小鳥は何度も転びそうになった。
「お、おばばさま……修行って今からじゃないとダメなんですか?」
小鳥がおばばさまの背中に問いかける。
「なんじゃ。はじまってもいないうちから弱音か。もうやめるのか?」
からかうような口調に小鳥はむっとする。
「そんなことありません。マシューおじさんたちにも何も言ってませんし」
「心配無用じゃ。その旨も一緒に連絡してあるからの」
その言葉通りなら、小鳥に「魔法使いになるか?」と聞く前から答えがわかっていたことになる。
「今まではお前さんは『異界からの客人』じゃったが、これからは私の弟子じゃ。びしばしいくぞ!」
ヒッヒッヒと楽しそうに笑うおばばさまに、小鳥はは「はやまったかもれしれない」と思ったが後の祭りである。
おばばさま、なかなか食えない人であった。
たどり着いた先は、森の奥深く小川の近くだった。
森の奥にもあまり入ったことがなく、おまけに満月の夜とはいえ薄暗い状態で自分がどのあたりにいるのかも小鳥はわからなくなっていた。
不安げにあたりを見渡す小鳥におばばさまは振り返る。
「さて、これからお前さんの修行じゃが……」
何を言い出すのか小鳥は息をのんだ。
普通のファンタジーならば呪文の練習などのはずだが、それならばここまで出てくる必要はない。
「ここから次の新月の晩の次の朝まで森で過ごすことじゃ」
「へ?」
思わず小鳥は聞き返してしまう。
「うむ、月がかけ新月になるまで自力で森の中で暮らせ。基本的に森から出なければ何をしてもいいが、火もおこしてはならぬ」
火もおこしてはならないとなると、かなり大変である。
まだ、冬の寒さ訪れてはいないが、夜は暗く獣もいる。
「なんでですか」
おばばさまはびしっと小鳥のこめかみあたりに指をつきつけた。
「理由はおのずとわかる。それに、師匠の言うことにいちいち文句をつけてはならん」
そんな横暴な、と小鳥は思ったが、言えば「じゃ、やめるのか?」と言われるのが今までの経験から目に見えてわかったので黙って頷く。
「人間、水さえあれば数週間なんとかなるもんじゃ。ここの小川の水は飲めるでの。修行としては甘いほうじゃ」
「これで甘い……」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません!」
ホーホーとフクロウのような鳴き声が遠くから聞こえる。
小鳥の恐怖心をあおりたてた。
「ではな、小鳥。新月の次の朝に迎えに来るでの」
「え!?ちょっと待って……迎えってどこに……!?」
しかし、小鳥の言葉も無視しおばばさあは来た道を戻り始める。
ランタンの光が遠ざかり、そして消えた。
あとには、満月の光と森の闇の中ひとりぽつんと着の身着のままの姿の小鳥が取り残された。
「嘘でしょ?」
小鳥は茫然と呟いた。