第9話
マシューおじさんとマリーおばさんは小鳥がおばばさまのところへ通うことは口に出して反対しなかった。
けれど、心配性のマリーおばさんは落ち着かない様子で両手を合わせながら注意した。
「森に深入りしてはいけないよ。村人も戻ってこなかった者も何人もいるだからね」
マシューおじさんは特に何も言わなかったけれど、あまり賛成もしているようでもないようだった。
二人の心配してくれる気持ちはすごくありがたかったので小鳥は黙って頷いた。
しかしながら、こちらに来てできた友達エリンはそのことを知って目を丸くした。
「トリィ!なんで好き好んであんなところ行くのよ!信じられない!」
おばばさまは村人たちから尊敬されてもいたが、畏怖の対象でもあるらしかった。
森自体が村人にとって恐ろしいものであるようだ。
おばばさまはそれも知っていて「大きな力を恐れるのは動物として当たり前のことさね」となんともなげに言っていた。
しかし、すっかりあの場所に愛着を持ちつつある小鳥はなんとか反論を試みる。
「そんなことないよ!……そりゃあ、はじめは不気味だと思ったけど、おばばさまは優しいしいろんなことを教えてくれるよ」
「まあ、おばばさまは昔からここにいてみんなを助けてくれる方よ。でも、あの森の中なんて気持ち悪いじゃない」
エリンは身震いして自分の肩を抱き寄せた。
「森だっていろんな発見があっておもしろいよ。薬草や木の実、きのことかいろんなものがあるし、小さい動物とか見つけると可愛いし、森がぼおっと光るのもきれいだし」
「森が光る?」
そうなのだ。
おばばさまの元へ通おうようになって気付いたことなのだが、日によって森がぼおっと光る。
日の光や照明のように確かな光ではなくホタルの光に近いような光が時々見える。
それも色や照度が見るたびに違った。
「トリィ、変なこと言わないでよ。森が光るわけないじゃない」
それを聞いて驚いのは小鳥だ。
「え?エリンは見たことないの?」
「私が生きてきた16年間そんなもの見えたことないわ」
こちらの世界ではそういうものだと思っていた小鳥は愕然とする。
では、私が見えるものはなんなのか。
「やっぱり、森の悪い影響を受けてるんだわ。トリィ、悪いことは言わないからあんまり森に立ち入るのはよしなさい」
そうエリンはそう締めくくった。
そんなことがあって小鳥がおばばさまの元へ訪れたとき、おばばさまはテント近くの大樹の根元で瞑想をしていた。
かさり、と落ち葉を踏みしめる小鳥に気がついたおばばさまは片目を開けて小鳥を確認する。
「小鳥かい。なんだい、辛気臭い顔して」
小鳥はおばばさまのすぐ近くに座る。
「おばばさま……私は変なのでしょうか」
「何がだい?」
「ときどき森が光っているように見えるんです」
「そりゃあ、光ってるからね」
おばばさま事もなげに言う。
そんな当たり前のこと、と言わんばかりの口調だ。
「でも!エリンには『見えない』って!」
小鳥は元の世界で『人と違う』ということで仲間外れにされていたせいか、そういったことに敏感にならざる得なかった。
「小鳥とエリンの目は違うからね」
「そういう言葉遊びじゃなくて」
「見える者と見えない者がいる、それだけのことさ」
「おばばさまには見えるんですか?」
「ああ、見える」
それを聞いて小鳥は少し安心する。
「じゃあ、あの光はなんなんですか」
「……ちょうどいい時期だね。小鳥ついておいで」
そう言っておばばさまは立ち上がり歩き出す。
「え!?ついてくってどこへ」
そんな小鳥にお構いなしにおばばさまはすたすたと進む。
七十歳は少なくともいってそうな外見、森のでこぼこししかも木々が茂って歩きにくいところをひょいひょいと歩く姿は年齢不詳である……。
小鳥は慌てて息を切らしながら追いかけた。
鬱蒼とした森をしばらく歩き、苔が生えて滑りやすいごつごつした岩場を越えて、小川の石の上をひょいひょいっと飛び乗って渡っていく姿はとても普通のおばあさんには見えない。
おばばさま、恐るべしとあらたに畏敬の念を小鳥は感じている暇もない。足を動かさないとおいて行かれてしまう。
やっと目的の場所らしきところに着いたときには小鳥は何度が足を滑らせて転び息も絶え絶えだった。
「なんじゃ。若いのにだらしがないのう」
ヒッヒッヒとおばばさまは笑う。
エリンが言うことも少し正しいのかも、そんなことを小鳥は息を切らしながら考える。
しかし、息を整えながら見た光景は驚くものだった。
この森の木は総じて大樹といえるほど大きなものが多いが、目の前の木はそれよりも大きい。
地表部分に出た木の根でさえ小鳥と同じほどの高さがある。
「すごい……」
思わず小鳥はそうもらした。
おばばさまを追いかけているうちにいつの間にか日が暮れている。
しかし、暗くはない。
天上の満月の光と大樹が淡白く光っているからだ。
それは大樹を包む光が水中の気泡のようにぽつぽつとまるくなって昇り満月の光と融けあって消えていく。
それは幻想的な風景だった。
「これがこの森の力が溢れている様だよ。この木は特別永く生きている」
それを眺めながら、おばばさまが言う。
「この地から力が溢れでて流れていく。それが光となって見えるんだ」
小鳥は言葉も出せず見とれていた。
ぱちん、と小鳥の目の前でおばばさまが手をたたく。
猫だましでだ。
「わわ!」
思わず小鳥のけぞるとおばばさまは厳しい顔をした。
「あんまり見すぎるじゃないよ。この光は力そのもの。この光に魅入られて向こうに持っていかれちまうからね」
「むこう……?」
「世界には目に見えるものだけが存在するんじゃない。人はそれを見たり聞いたりする力は目に見える力を得ることによって逆に失ってしまっていったが、なくなったわけじゃあない。それが向こうさ」
小鳥はおばばさまの言うことがなんとなくわかった。
話を聞いただけでは理解できなかっただろう。
おばばさまは、それをわからせるためにここに来たのだろう。
「今日は特別な晩さ。この特に強い光があったあと、実りの季節になり収穫祭だ。そして冬がくる」
小鳥はもう一度、淡白く光る大樹を見た。
「さあて、戻るよ」
その言葉に現実に引き戻された小鳥は、来た道を戻ることを想像してうなだれた。