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モルディア国の聖女 2

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(すっかり化け物扱いね)


 馬車に揺られながら、ヴィオレーヌは対面座席に座るルーファスを見やる。

 エインズワース辺境伯城からルウェルハスト国の王都にある王宮までは、馬車で一か月ほどかかるらしい。

 その間、ヴィオレーヌとずっと一緒に行動するのがルーファスには苦痛で仕方がないのだろう。


 けれどもそれは、ルーファスの自業自得と言うものだ。

 マグドネル国から輿入れの際に用意した荷物も馬車もついでに護衛も侍女も全部ルーファスがダメにしたのだから、ヴィオレーヌが使える馬車はない。彼と同乗するか兵士や騎士たちとともに歩くか馬に乗るかの三択しかないのだが、殺そうとしたわりにルーファスはフェミニストのきらいがあるのかもしれない。女を歩かせて自分が馬車に乗れるかと、意味のわからないプライドを発揮した。


 けれどもその割にずっと仏頂面だ。

 さらに言えば、ヴィオレーヌが身じろぎするたびにぴくりと肩を動かして、警戒するような目を向けてくる。

 ものすごく居心地が悪いので、これならば外を歩いた方がましだった。


(あ、でも、外は外で兵士たちがいるのよねえ)


 彼らもルーファスと同じで、いや、ルーファス以上にヴィオレーヌを化け物を見るような目で見てくる。

 まあ、ルーファスはヴィオレーヌが魔術の使い手であると知っているから、あの渓谷でヴィオレーヌが殺されなかった理由はわかっているけれど、外の兵士は知らないのだから仕方がないかもしれない。


 殺したはずの女が生きていれば、誰しも恐怖するものだ。

 エインズワース辺境伯城から出立する前も、数名の兵士が渓谷の死体を確認しにいったほどである。

 ヴィオレーヌはその時点で魔術を解いて元の侍女の顔に見えるようにしておいたけれど、残念ながら昨夜のうちに獣が死体を食い荒らしていて、顔の判別がつかなかったらしかった。それが余計にヴィオレーヌに対して恐怖を抱かせる結果になっている。

 まるでその獣たちもヴィオレーヌがけしかけたように思っているらしい。


「おい」

(大国の兵士たちが情けないことよね。……見たところ、ましなのは二人、ってところかしらね)


 大勢の兵士と十数名の騎士が行動を共にしているが、その中でヴィオレーヌに対して臆していなかったのは二人だけだった。まあ、全員を確認したわけではないからもう少しいるかもしれないが、女一人に怯えるなんて何と情けないことだろう。


「おい! 聞いているのか!」


 イライラした声が飛んできて、ヴィオレーヌは顔を上げた。


「わたしはおいという名前ではありませんけど」

「魔女の名などおいで充分だ!」


 化け物から魔女に変わったようだ。どっちがましなのかはわからないが。

 昨夜彼の心臓を縛ったことによほど腹を立てているのか、ルーファスはヴィオレーヌに対する敵意を隠そうとはしない。

 ヴィオレーヌとしても彼と慣れあうつもりはないので構わないが、いちいち怒鳴られると耳が痛いのでせめて静かに話してほしい。


 はあ、と息を吐きつつ、ヴィオレーヌはルーファスを見やった。


「なんでしょう?」

「なんでしょう、じゃない! その格好は何とかならないのか!」

「格好?」


 ヴィオレーヌは自分自身を見下ろした。

 ヴィオレーヌのドレスは、昨夜のままだ。つまり血染めの白いドレスである。血が乾いて変色してどす黒い色になっているので、昨夜よりもさらに不気味さを増していた。

 ヴィオレーヌは肩をすくめた。


「なんとかも何も、着替えがありませんので。お風呂も貸していただけなかったのだから仕方がないでしょう?」


 これらの血はすべて返り血で、ヴィオレーヌ本人のものではない。

 紫がかった銀髪にもべっとりと血がついているが、これはエインズワース辺境伯城でお風呂が借りられなかったからだ。ヴィオレーヌを見たエインズワース辺境伯の妻が悲鳴を上げて卒倒し、使用人たちも怯えてどうしようもなかったので、彼らの心の平穏のためにヴィオレーヌは出発の時間までルーファスの部屋の中ですごしていたからである。

 ヴィオレーヌが答えると、ルーファスは鼻に皺を寄せた。


「チッ、風呂の手配くらいさせるんだったな」


 ルーファスはヴィオレーヌと同じ部屋にいたくなかったのか、単に忙しかったのかは知らないが、夜が明けるとすぐに部屋から出て行って出発の時間まで戻って来なかった。

 戻ってきたときにヴィオレーヌが昨日と同じ格好のまま座っていたので、彼は目を剥いて「何故着替えないんだ!」と怒鳴ったけれど、着替えはないし出発の時間が差し迫っていたので、とりあえずそのまま馬車に乗ったのだ。

 理由はわかっているくせに改めて訊かないでほしい。


「お前、魔術師だろう。せめて魔術で何とかならんのか」

「幻覚魔術で誤魔化すことなら可能ですけど、汚れを落とすのは無理ですよ」

「使えないな」

「魔術は便利ですけど万能ではありませんの」

「ただ単にお前が物騒な魔術しか使えないだけだろうが‼」


 失礼な。

 魔術を極めたヴィオレーヌは、現存する魔術のほとんどを網羅しているし、今は使い手がいない禁術だったいくつか行使できるというのに。

 さらに言えば聖魔術も極めているので、人を癒すことだってできるのだ。

 まあ、わざわざできることをすべて教えてやる気はしないけれど。


(汚れを落とそうと思えばできるのよ? わたし自身を丸洗いすればいいだけだもの。でも、そんなことをしたら馬車の中が水浸しになるからしないだけで)


 それから、春先とはいえ、水洗いなんてしたら寒いではないか。せめてお風呂がいい。

 ルーファスは高く組んだ足の上を、イライラと指先で叩く。


「今日の夜は野営だが、明日は宿を取る。その格好ではさすがに宿には入れん。今日中に何とかしろ!」


 それなら辺境伯の奥方か誰かに着替えの一着や二着もらってくれればよかったのに。

 喉元まで出かかった文句を飲み込んで、ヴィオレーヌはにこりと微笑んだ。


「野営地の近くに水場はありますか?」

「川と、それから少し離れたところに泉があるはずだ」

「そうですか。わかりました。今日の夜にでも何とかしましょう」


 ヴィオレーヌが了承すると、ルーファスはふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 嫁いで来た妻を殺害しようとするくらいだ、ルーファスはもっと冷酷な人物かと思っていたが――なんというか、反抗期の子どもっぽさを思わせる感情豊かな人物のようである。


(王太子が感情的すぎるのもどうかと思うけど、ま、尖った氷みたいな冷酷な人じゃなかっただけましなのかしら?)


 深くかかわるつもりはないが、冷酷で何を考えているのかわからない相手よりは、こちらの方がヴィオレーヌとしてもやりやすい。


 ルーファスが黙ってしまったので再び馬車の中には沈黙が落ちて、ヴィオレーヌは馬車の窓に視線を向けると、またぼんやりとした思考に没頭しはじめた。





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