秘密を知るもの 3
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午後になって、ルーファスが城から戻って来た。
ヴィオレーヌの部屋で二人で昼食を取った後、少し休憩を挟んでから国王の部屋へ向かう。
廊下をちょっと歩くだけでも、ルーファスはしっかりとヴィオレーヌの手をつなぐのだ。
最初は恥ずかしかったのだが、繰り返されているうちに、ルーファスに守られているようで、安心するようになってきた。
「あら、王妃様を殺害しようとしたヴィオレーヌ様ではございませんか」
廊下を進み、階段の前にたどり着いたところで、前方からわざとらしい声が響いてきた。
わざわざ確認しなくてもわかる。アラベラだ。
ルーファスがヴィオレーヌを背中にかばい、アラベラを睨んだ。
「人聞きの悪いことを言うな」
「まあ殿下、ご存じありませんの? その方はメイドに命じて王妃様に毒を盛ったんですのよ。ああ怖い。殿下、危険ですから離れた方がよろしいですわ」
アラベラが大袈裟に怯えて見せると、彼女の背後に付き従っていた侍女たちも口々に「怖いですわ」と言い出す。まるでへたくそな劇でも見せられている気になった。
「口を慎めと言っている!」
ルーファスが声を荒げ、アラベラがきゅっと唇をかむ。
ヴィオレーヌをキッと睨みつけて、「そんな女とっとと処刑すればよろしいのに!」と喚いて踵を返した。
足音を高く響かせて憤然と部屋に戻っていくアラベラに、ヴィオレーヌはため息をつきたくなる。
アラベラは、嫌味を言うためにわざわざ部屋から出てきたのだろうか。
「ヴィオレーヌ、気にするな」
ヴィオレーヌの手を繋ぎなおしてルーファスが言う。
護衛としてついて来ているアルフレヒトが、背後で「その通りです!」と拳を握った。
「女神と言っても過言でないヴィオレーヌ様に何たる無礼! いずれ天罰が下ることになりましょう!」
「アルフレヒト、さすがに声が大きい」
ルーファスが苦笑する。
(女神様と同列に語るのは、女神様に失礼だと思うけど……)
アルフレヒトは大げさだが、ヴィオレーヌを励まそうとしてくれているのはわかるので、ヴィオレーヌは「ありがとう」と微笑んでおく。
階段を昇ぼって三階に上がると、国王の部屋へ向かう。
扉の前には二人の騎士が立っていて、ヴィオレーヌを見ると、気遣うような視線を向けた。見覚えがあると思えば、彼らはヴィオレーヌが嫁いできたときにルーファスの護衛として同行していた騎士たちだった。第二騎士団所属の、カルヴィンの部下たちだ。
仕事中のため私語は慎まなければならないのだろう、彼らはヴィオレーヌを励ますように無言で大きく頷いてくれる。
ルーファスにあとから聞いた話だと、王宮内の使用人がヴィオレーヌに反感を抱いているので、リアーナの父の軍部大臣に命じて、当面の間、王宮の警護に第二騎士団の騎士を使うように頼んでくれたらしかった。知らないところで、ヴィオレーヌを守ろうと動いてくれていたようである。
部屋の中から許可があったので、騎士が扉を開けてくれる。
中に入ると、王はソファにゆったりと座っていて、その隣には王妃の姿もあった。
妻が回復したからだろう、国王の表情は穏やかで、ヴィオレーヌに対する警戒の色はない。
メイドがティーセットを運んできたので、ヴィオレーヌはこっそり全員分の紅茶とお菓子に毒検知の魔術をかけて毒物が混入していないのを確かめた。
そして、大きく目を見開く。
「王妃様、それを飲まないでください!」
ヴィオレーヌが声を荒げると、ジークリンデがびくりと肩を震わせた。
「ど、どうしたの?」
「毒が混入しています」
「え⁉」
「どういうことだ、ヴィオレーヌ」
ルーファスに問われたので、ヴィオレーヌはこくりと頷いて、全員にわかるように毒検知の魔術を使った。毒物に反応して光るようにすると、ジークリンデの目の前に置かれた紅茶が淡く光る。
「毒検知の魔術です」
「魔術というのは便利なものだな。いや、お前のように、魔術を便利な道具のように使うものを俺は知らないが……」
ルーファスが感心したように頷き、国王が声を上げようとしたのを止めた。
「下手に騒ぐのではなく、せっかくですのでこの状況を利用しましょう。ヴィオレーヌに罪を着せようとしたものがわかるかもしれません」
ルーファスは底冷えのする笑みを浮かべて立ち上がると、外にいる騎士にカルヴィンと、それからリアーナの父である軍部大臣を呼んでくるように告げた。
「ヴィオレーヌ、気づいてくれてありがとう」
ジークリンデが立ち上がって、ヴィオレーヌの手をぎゅっと握る。
国王も何度も頷き、ふう、と安堵の息をついた。
「あの件があってから、毒の混入をくれぐれも疑うようにと言っていたのに、またこうして毒が盛られるとは……、いや、私も、まさか二度目があると思っていなかったからな、警戒が甘かったかもしれん」
このように堂々と毒を盛られるとは、と国王が拳を握り締める。
指示を出し終えたルーファスが戻って来て、全員がティーカップに触れずに待つようにと言った。
三十分ほどして、カルヴィンと、それから軍部大臣のメイプル侯爵がやって来る。二人は、見覚えのある軍医を一緒に連れてきた。確か、彼はヴィオレーヌが嫁いできたときにルーファスの護衛たちと一緒にいた軍医だ。第二騎士団所属の軍医だという。
「毒物が混入されたと聞きましたが」
扉をしっかり閉めた後で、メイプル侯爵が口を開いた。
「ああ、ジークリンデのティーカップに混入しているようだ。ヴィオレーヌが魔術で調べてくれた」
「確認しましょう」
メイプル侯爵が頷くと、軍医がヴィオレーヌを一瞥して微笑んだ後で、鞄の中からいくつかの試薬を取り出した。毒を検知する試薬だろう。
数本の試験官にそれぞれ紅茶を取り、試薬を入れた軍医は顔をしかめた。
「前回正妃様に盛られた毒と同じです」
「……くそっ」
国王が苛立たし気に舌打ちした。
温厚な王でも舌打ちするんだなと妙な感慨を覚えつつ、ヴィオレーヌはルーファスを見る。
ルーファスが頷き、カルヴィンに先ほどのメイドを拘束するように告げた。
「できるだけ周囲に気づかれないように身柄を確保してくれ」
「かしこまりました」
カルヴィンが部下たちに指示を出すために一度外へ出て行く。
しかしこれでわかった。
犯人が誰かは知らないが、正妃の命を狙っているのは確実だ。
(でも、どうしてお義母様狙われるのかしら?)
ジークリンデは穏やかな人で、敵を作るようなタイプではない。
また、敵になり得る側妃もおらず、すでに息子が王太子として立っているので、周囲に多少軽んじられてはいるのかもしれないが、立場的には安泰のはずだ。
王妃を消したところで、国王が新しく王妃を娶る保証もない。すでに王子が二人いるのだ、国王に恋人がいるならいざ知らず、そうでないなら再婚を急ぐ必要はなかろう。すでに王太子も国政の補佐ができるだけ成長しているし、王太子妃もいる。王妃のかわりになれる人物はいるのだ。
ジークリンデが狙われるのは、どうにも腑に落ちない。
「……もし、ここでお義母様が毒に倒れていたら、恐らくですが、またわたしに嫌疑がかけられたでしょう。もしかしなくとも、犯人の目的はお義母様の殺害ではなく、わたしを追い落とすことでしょうか?」
ジークリンデ側に狙われる理由が見いだせない以上、そうとしか考えられなかった。
ヴィオレーヌのつぶやきに、国王が眉を吊り上げる。
「そのようなふざけたことをするものはいったい誰だ‼」
「あなた、少し落ち着いてくださいませ。血圧が上がりますよ」
「お前こそ何故冷静なんだ! 狙われたのはお前だぞ!」
「そうですが、ヴィオレーヌが助けてくれましたから。それに、わたくしが狙われたことよりも、ヴィオレーヌに悪意が向いていることの方が問題です。……ヴィオレーヌには、まだ味方が少ないのですから」
激怒する国王の肩をぽんぽんと叩きながら、ジークリンデがそっと息を吐いた。
「よく考えてくださいませ。わたくしのことでヴィオレーヌにはまだ嫌疑がかかったままです。わたくしや陛下、ルーファスが違うと言っても、すでにメイドがヴィオレーヌの名を出したことは広まってしまっております。すでにヴィオレーヌを罰しろという声は上がっているのでしょう?」
ジークリンデが国王と、それからルーファスに視線を向けると、二人は気まずそうにうつむいた。
国王が政を放置してジークリンデにつきっきりになっていたため、国政はファーバー公爵が代わって仕切っていた。
そのせいで、メイドがヴィオレーヌの指示で王妃に毒を盛ったと供述したという事実が広まっているそうだ。誰も口留めしなかったからだという。
その噂は城だけではなく「敵国の悪女」という呼び名とともに城下町にまで広まっていて、すでにヴィオレーヌには大勢が反感を持っているという。
城下町で石を投げられたのは、どうやらそういう背景があったらしい。
「わたくしの侍女が家族から伝え聞いた話では、お城ではアラベラが率先して噂を広めていたと聞きました。王太子の側妃であり王の姪であるアラベラの発言が広まるのは、きっと恐ろしく早かったでしょうね。城にもファーバー公爵家の派閥の人間が多いのでしょうから。陛下がわたくしの側についていてくださったのは嬉しかったですが、状況は最悪ですよ」
ほとんど王宮の外に出ないとは言っても、一国の姫だった王妃だ。ある程度国政には明るいし、民意が大きく誘導されたこの状況がいかに問題かをよく理解している。
ただ、もし国王がジークリンデにつきっきりにならずに、国政をこなしていたとしても、あまり状況は変わらなかった気がした。
少なくとも王は、ヴィオレーヌが聖魔術でジークリンデを癒すまで、ヴィオレーヌを疑っていただろう。率先してヴィオレーヌをかばうとは思えなかったし、噂が出ても放置していた可能性が高い。
どう転んでも同じ結果だったろうが、国王がしょんぼりと肩を落とした。
「そ、それについては、さすがに悪かったとは思っているが……その、平静ではいられなくてな」
王は以前、側妃を毒で亡くしている。その側妃に毒を盛ったのがもう一人の側妃で、もしかしたら当時を思い出したのかもしれない。
もちろん、ジークリンデのことを大切に思っているがゆえだろうが、側妃と同じように、ジークリンデを失うかもしれないと思うと、仕事どころではなかったのは理解できた。それが王として正しいかどうかは別として、人間としては間違った行動ではない。
「状況がこれ以上悪化しないためにも、ヴィオレーヌに罪を着せようとした人物の特定を急ぐしかありません。この件、俺に任せてはもらえませんか? さすがに妻を陥れようとされて黙ってはいられませんから」
ルーファスが固い声で言った。
「わかった。それから、私にできることがあればいくらでも頼ってくれて構わん。……私にも責任があるからな」
「助かります。……ヴィオレーヌ、しばらく窮屈な思いをさせることになるが、状況が上向くまでは部屋の中ですごしてほしい。構わないか?」
「はい。することもありますし、問題ないです」
教会に寄付するためのポーションも作らなくてはならないし、スチュワートから追加発注が来てもいいように作りためておく必要もあるだろう。
部屋の中でもできることはいくらでもある。
「それでしたら」
メイプル侯爵が、控えめに手を上げた。
「娘に、正妃様の話し相手を務めるように言っておきましょう。殿下も日中は仕事がございます。リアーナなら護衛にもなりますし」
「ならば、ジークリンデも日中はヴィオレーヌの部屋で過ごしたらどうだ? 護衛をつけていても、いつまた毒が盛られるかわからんだろう? その点、ヴィオレーヌの側なら安心だ」
国王が便乗してジークリンデに訊ねる。
ジークリンデは頬に手を当てて少し考えた。
「わたくしは嬉しいですけど、ヴィオレーヌが気疲れするのではなくて?」
「ダメか、ヴィオレーヌ」
国王に「ダメか?」と訊ねられて、「ダメです」と答えられるはずがない。
それに、ヴィオレーヌとしてもジークリンデが心配なので異論はなかった。
「わたしはそれで構いません。ですが、王妃様にわたしの部屋に来ていただいてよろしいのですか?」
「わたくしはそれで問題ないわ。……それに、ヴィオレーヌの部屋には猫ちゃんがいるのでしょう?」
(猫ちゃん)
その呼び方とアルベルダがどうにも一致しないが、確かに黒猫はいる。
きらきらと瞳を輝かせているのを見るに、ジークリンデはアルベルダをモフモフしたいのだろうか。
(……まあ、いいか)
アルベルダが目を吊り上げて文句を言いそうな気がするが、この際気にしない。
ジークリンデとリアーナの前では「猫」に徹するようにだけ念押ししておくことにして、ヴィオレーヌはにこりと笑った。
「ええ、怠惰な黒猫が一匹おりますので、どうぞお好きに構い倒してください」
ルーファスが、「いいのか?」とでも言いたそうな顔をして、けれども何も言わずについと視線を逸らしたのがわかった。
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