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【書籍化】運良く人生をやり直せることになったので、一度目の人生でわたしを殺した夫の命、握ります  作者: 狭山ひびき
運命共同体の夫が、やたらと甘いです

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秘密を知るもの 1

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「ヴィオレーヌ、来てくれ」


 しばらくして、ルーファスが戻って来た。

 険しい顔で部屋を出て行ったルーファスだったが、戻ってきたとき、彼は幾分か穏やかな表情をしていた。

 それでも多少は強張っているが、出て行った時と比べると雲泥の差である。


「あの、どこへですか?」


 王宮の使用人も、国王もクラークも、ヴィオレーヌを警戒している。部屋の外をうろうろしていたら無用に彼らを刺激することにならないだろうか。

 すると、ルーファスはふっと口端を持ち上げた。


「もちろん母上の部屋だ。母上と……それから、大司祭がヴィオレーヌを呼んでいる」

「大司祭が、ですか?」

「ああ。とにかく行けばわかる。父上にも了承済みだ。ヴィオレーヌのことを警戒しているにはしているが、母上の前でお前を罵ったりはしないだろうし、もしそんなことがあれば俺が対応するから、不安だろうがついて来てくれないか?」


 不安がないというのは嘘になるが、ジークリンデの体調はすごく気になっていたので、王が許可を出しているならヴィオレーヌに否やはない。

 ルーファスに連れられてジークリンデの部屋へ向かうと、部屋の中には国王と大司祭のほかにクラークの姿もあった。


 国王が探るような視線をこちらへ向けている。

 クラークは国王の隣で、じっとこちらを睨んでいた。

 ルーファスがヴィオイレーヌの手を握って、国王とクラークの反対側――大司祭が座っているベッドサイドへと歩いていく。


「おお、ヴィオレーヌ様!」


 大司祭は、六十を少し過ぎたくらいの外見だった。

 髪の半分以上が白くなっていて、顎のあたりがややふっくらとしている丸顔だ。たれ目で、笑うと目じりに皺が寄る、優しそうな外見のおじいちゃんだった。


「大司祭のマヌエル殿だ」


 ルーファスが紹介すると、マヌエルがぎゅっとヴィオレーヌの手を握り締める。


「ようやくお会いできましたな! マヌエルです」


 ぎゅうっと握り締めた手をぶんぶんと振られて、ヴィオレーヌは想定外の歓迎に目を白黒させた。


(ようやくって、どういうこと?)


 その口ぶりでは、マヌエルはヴィオレーヌに会いたがっていたように聞こえる。

 戸惑ってちらりとルーファスを見ると、彼は微苦笑を浮かべた。


「ヴィオレーヌ。俺も知らなかったんだが、マヌエル殿は、モルディア国の神殿長の遠縁にあたるそうだ」

「え⁉」

「ニコラウスからヴィオレーヌ様のことは、よーっく聞いております。嫁いだばかりでお忙しいと思い、落ち着いてから面会を申し込もうと思っていたのですが、このような形でお会いできるなんて……いや、申し訳ございません、不謹慎ですな」


 ニコラウスは、モルディア国の神殿長の名前だ。

 マヌエルがハッと口をつぐんでジークリンデの方を見る。確かに王妃が倒れたというのにヴィオレーヌと会えたと喜ぶのは少々不謹慎だろう。

 しかしジークリンデは気にした様子はなく、ベッドの上でころころと笑った。

 王都を出発する前より、いくらか痩せたように見える。顔色も青白く、頬もこけていた。しかし、笑うことができるほどには回復したのだろう。


(きっと、マヌエル様がつきっきりで聖魔術を使ったんでしょうね)


 マヌエルの目にも濃い隈が浮かんでいた。にこにこ笑っているが、よく見なくとも疲労の色が濃いのがわかる。


「ヴィオレーヌ、マヌエル殿はニコラウス殿から聞いて、君の秘密を知っている。そして、この場には俺と父上、クラークしかいない」

「あら、秘密って何かしら? ヴィオレーヌはルーファスと秘密を共有する仲良しさんなのね」


 ジークリンデがおどけた顔で言う。

 国王とクラークが「秘密」と聞いて表情を険しくした。

 ヴィオレーヌは、マヌエルに握られている手を見下ろして、小さく頷く。


「マヌエル様、王妃様の容態は、今はどのような状況でしょうか」

「危険な状況は過ぎましたが、完全には解毒ができておりません。体内に残りやすい毒のようで、自然に排出するにも長い月日がかかるでしょう」


 これ以上は自分ではどうすることもできないとマヌエルが首を横に振ると、国王がたまらずと言った様子で口を開いた。


「なんとかせよ! そのための聖魔術だろう?」

「……申し訳ございません。私は、それほど強い聖魔術は使えないのです」


 ついマヌエルを責めてしまった国王の気持ちもわかるが、マヌエルには何の非もない。それどころか、頑張ってジークリンデをここまで回復させたのだ。責めてはならない。


「ヴィオレーヌ、できるか?」


 ルーファスに問われ、ヴィオレーヌはこくりと頷いた。


「マヌエル様、後を引き継いでもよろしいですか?」

「もちろんでございます。どうか、よろしくお願いいたします」

「待て! 何をするつもりだ!」


 マヌエルがヴィオレーヌの手を離し、ヴィオレーヌがジークリンデに向き合うと、クラークが焦ったようにこちらに走ってこようとした。

 ルーファスがそれを止めて、国王を見る。


「父上、ヴィオレーヌは聖魔術の使い手です」

「な――」

「馬鹿な!」


 国王とクラークの声がかぶった。


「義姉上は魔術の使い手だろう? 聖魔術と魔術は――」

「非常に稀ではございますが、魔術と聖魔術を同時に扱えたものがいたという記録は、教会にも残っております。そして、ヴィオレーヌ様は間違いなく聖魔術の使い手です。私など足元にも及ばないほどの、強力な聖魔術の使い手でございます」

「それを信じろと?」


 国王がまっすぐにヴィオレーヌを見た。

 メイドの供述では、ジークリンデの毒殺を企てたのはヴィオレーヌと言うことになっている。

 妻を殺そうとしたヴィオレーヌを、いくら聖魔術の使い手であろうとも近づけたくない気持ちはよくわかる。


「父上。俺は過去に二度ほどヴィオレーヌが聖魔術を使うところを見ました。実力は本物です」

「では何故報告しなかった」

「……今はまだ、秘密にしておいた方がいいと思ったのです。大司祭の領分を犯すことにもなりますし……母上の立場もありましょう」


 嫁いで来た息子の嫁が自分よりはるかに注目を集めれば、王妃としての面子が潰れるだろうとルーファスが言えば、ジークリンデがあきれ顔をした。


「まあ、そんなことを考えていたの?」

「いや、ルーファスの言い分はわかるぞジークリンデ。そなたはおっとりしすぎていて、王妃なのに他人に軽んじられる傾向にある。ヴィオレーヌが目立ちすぎるのはよくない」

「あなたまで何をおっしゃるのかしら。それでは、ヴィオレーヌに悪意が向くのはいいということかしら? 悪意をはねのけるだけの力があるのに、それを秘密にして、甘んじて他人のそしりを受けろと、そういうこと? ひどいわ、あなたも、ルーファスも」

「う……」

「そ、それは……」


 国王とルーファスが言葉に詰まる。

 聖魔術については、ヴィオレーヌも切り札として伏せておきたいと思っていたので、ここでルーファスが責められるのは違う気がした。


「母上、今はそんな論争をしている状況ではありません。重要なのは、義姉上が聖魔術の使い手だとしても、母上を治す気があるのかどうかということです。治すふりをして殺すかもしれないじゃないですか。僕は反対です」

「まあクラーク! では、このままわたくしはずっと苦しんでいろとそういうことなのね? 治らないのなら仕方がないけど、ヴィオレーヌが治してくれるというのならわたくしは治してもらいたいわ。もうベッドの上だけで過ごすのはたくさんよ」

「そ、それは……」


 今度はクラークが狼狽えて視線を彷徨わせた。

 普段おっとりしているジークリンデだが、なかなか強い。

 ルーファスがそっと息を吐いた。


「父上、責任は俺が取ります。ヴィオレーヌに母上の治療をさせてください」


 国王がぐっと眉を寄せてしばらく黙り込んだ後、はあ、と息を吐き出した。


「わかった。ジークリンデ本人が望んでいるんだ。ここで禁止したら、きっと一生恨まれる」


 すると、ジークリンデがくすくすと笑った。


「ええ、それで儚くなってしまったら、毎夜枕元に立って、あなたの髪が抜ける呪いをかけて差し上げますわ」

「やめんか!」


 国王が焦った顔で頭を抑えた。

 ヴィオレーヌには国王の髪の毛はふさふさしているように見えるのだが、妻にしかわからない事情があるのかもしれない。

 ジークリンデの冗談で場が和んだところで、ヴィオレーヌは改めて彼女に向き直った。


「わたくしはどうしていたらいいかしら?」

「楽になさっていて大丈夫です」


 軽口が叩けるくらい回復していても、マヌエルが完全には取り除けないという毒である。


(解毒と、それから落ちている体力と自己免疫機能の底上げも必要ね)


 どれほど強力な毒かわからない以上、自分が使える聖魔術の中で最大のものを使うべきだろう。

 ヴィオレーヌは胸の前で両手を組んだ。


「大地を司る癒しの女神よ、大空を司る全知全能の絶対神よ、我が祈りを聞き届け、我にすべてを癒す力を与えたまえ――パーフェクト・ヒール」


 ヴィオレーヌの足元に、白く光り輝く魔法陣が生まれる。

 エリア・ヒールと違って、その魔法陣はあまり大きくは広がらない。

 ジークリンデが眠っているベッドを包み込むくらいの大きさに広がると、白い輝きが円柱を作るように上に上に伸びた。


 マヌエルが息をつめてその光景を見つめる。

 国王とクラークが大きく目を見開き、口を半開きにしてその光景に見入っていた。

 ジークリンデが両手で頬を抑えて、上に伸びていく光を追って顔を上げる。

 光が天井まで伸びた後、天井にも床と同じ魔法陣が浮かび上がり、きらきらと円柱の中で光が舞い、それがすべてジークリンデに降り注ぐ。


 やがて、すぅっと溶けるように光と魔法陣が消え去っても、ジークリンデはぽかんと上を見たまま動かなかった。

 国王も、クラークも動かない。

 ルーファスが満足そうな顔で口端を持ち上げ、マヌエルが拳を握って興奮した声を上げた。


「す、素晴らしい‼ 信じられないくらいに美しい癒しでした‼ パーフェクト・ヒールなんて、文献にしか載っていないような聖魔術……ああっ、震えが止まりません」


 だーっとマヌエルの目から涙が滝のように流れ落ちた。

 ヴィオレーヌはぎょっとしたが、「神よ!」と手を組んで祈りはじめた彼にはしばらく声が届かない気がしたので放置する。

 ベッドの上では、マヌエルの突然の叫びに驚いて正気に戻ったらしいジークリンデが、両手を握ったり開いたりして、「まあ」と目を瞬く。


「どこも苦しくないわ。それに、とっても体が軽い」

「体力の方も回復させておきましたので、もう動いても大丈夫です。ただ、低下した筋力や減少した体重までは元には戻りませんから、しっかり食事を摂って軽い運動をされた方がいいと思います」

「ええ、そうね。……よいしょ」


 動いていいとヴィオレーヌが言ったからだろう。ジークリンデはさっそくベッドから降りようとし、国王がハッとして妻に手を伸ばす。


「こら、待ちなさい。そんなにすぐに動いては……」

「陛下、とっても気分がいいんです。ほら、全然平気。ああ、これでお風呂に入れるわね。早くお風呂に入りたかったの」

「ずっと寝たきりだったのに起きて早々入浴する気か⁉」


 バスルームで死ぬんじゃないかと国王が慌てはじめるが、先ほども言った通り体力も回復させておいたので、軽い入浴くらい問題ないはずだ。

 お風呂に入るだのダメだのと言いあいを続けている両親をぽかんと見やっていたクラークが、小さくため息をついた後で、ハッとしたようにヴィオレーヌを見た。

 その顔にはもう警戒の色はないが、ルーファスがヴィオレーヌをかばうように前に出る。

 兄に睨まれて、クラークはひるんだようにうっと息を呑んだ。


「父上、母上も回復されたようですので、俺たちは一度部屋に戻ります。今回の件について、改めてお話しする場を設けていただけると嬉しいです」

「ん? あ、ああ、そうだな……その……、ヴィオレーヌ、すまなかった」


 じろりと妻に睨まれて、国王が弱り切った顔でヴィオレーヌに謝罪をした。

 ジークリンデが満足そうに頷いて、にこりと笑う。


「ヴィオレーヌ、本当にありがとう。長旅で疲れていたでしょうに……。わたくしはもう大丈夫だから、ゆっくり休んでちょうだいね」

「ありがとうございます、お義母様」

「父上、母上、クラークも、ヴィオレーヌが聖魔術を使えることはまだ秘密にしておいてください。折を見て公表するにしても、状況を見たいです」

「公表した方がヴィオレーヌに称賛が集まっていいとは思うけれど……ええ、わかったわ」


 ジークリンデたちが頷いたのを確認し、ルーファスがヴィオレーヌの肩に腕を回した。

 ヴィオレーヌは一礼し、ルーファスとともにジークリンデの部屋を出る。

 ひとまずこれで、ヴィオレーヌへの疑いは少しくらいは晴れただろうか。


「助かった、ヴィオレーヌ」


 部屋に戻りながら、ルーファスがホッとした顔で笑う。


 楽しそうに笑いながら国王に文句を言っていたジークリンデの顔を思い出して、ヴィオレーヌも、間に合って本当によかったと微笑んだ。






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