王都の異変 4
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馬車が王宮に到着すると、玄関前には第二王子クラークと、それからルーファスの側妃の一人であるリアーナ・メイプルがいた。
クラークは厳しい表情を浮かべていて、リアーナは逆に困惑したような、弱り切った顔をしていた。
アラベラの姿はない。
王妃ジークリンデの姿もないので、まだ寝込んでいるのかもしれない。
「母上は?」
ヴィオレーヌをエスコートして馬車から降ろしてくれたあとで、ルーファスがクラークに訊ねる。クラークは厳しい目でヴィオレーヌを一瞥した後で小さくため息をついた。
「ベッドの上に起き上がれるまでには回復したけど、毒の影響が完全に抜けてない。大司祭もかなり頑張ってくれたけど、影響が残るかもしれないって言ってた」
「……わかった。ヴィオレーヌ、疲れているだろうが、このまま母上のもとに――」
「それはダメだ」
ルーファスがヴィオレーヌを連れてジークリンデを見舞おうとすると、クラークが首を横に振った。
「兄上は構わないが、義姉上は遠慮してくれ。……母上に何かされたら困る」
すると、ルーファスの目がすぅっと据わった。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だ。……敵国の姫に母上が害されたら困る」
「クラーク!」
ルーファスが大声を上げて、クラークの襟を乱暴につかんで引き寄せた。
クラークの専属護衛騎士が割って入ろうとし、それをルーファスの護衛騎士であるカルヴィンが止める。
ヴィオレーヌを守るようにジョージーナとルーシャが立ちはだかり、アルフレヒトが今にも噛みつきそうなほど激怒した顔でクラークと彼の護衛騎士を睨んでいる。
互いの護衛騎士が腰の剣に手をかけて睨み合い、ヴィオレーヌはひゅっと息を呑んだ。
まさに一触即発の言うようなピリリとした空気が王宮の玄関前に漂う。
ルーファスはクラークの襟元を締めあげるようにしながら、低くうなった。
「ヴィオレーヌが母上を害するだと? 冗談にしては笑えない。俺の妃を侮辱するなど、いくらお前でも許さんぞ」
クラークが苦しそうに眉を寄せる。
ヴィオレーヌはハッとしてルーファスの腕をつかんだ。
「で、殿下! 首が締まっています! 手を離して……!」
「お前がかばう必要ない。こいつは言ってはいけないことを言った」
「殿下!」
ルーファスは完全に頭に血が上っているようだった。
このままではまずいと、ヴィオレーヌは咄嗟にリアーナに視線を向ける。
ヴィオレーヌの視線を受けて、リアーナが頷き、大きく手を叩いた。
「お二人ともそこまでです! 王宮の玄関に血の池を作るおつもりですか?」
深窓の姫君のようにおっとりとした雰囲気のリアーナが、凛とした声を張り上げる。軍部大臣を父に持つ令嬢は、ヴィオレーヌよりもはるかに荒事に慣れているのだろう。ルーファスとクラークを順番に睨んで、手を離すように言った。
ルーファスが舌打ちしながらクラークを乱暴に突き飛ばす。
たたらを踏んだクラークが、けほけほと苦しそうに咳き込んだ。
「クラーク殿下も頭を冷やしたほうがよろしいかと存じます。事情はわたくしが説明いたしますので。……ルーファス殿下、ヴィオレーヌ様、まずはお部屋に参りましょう。王妃様の側には陛下がいらっしゃいますし、快癒していなくとも危険な状態ではございませんので、お見舞いは一分一秒を急ぐものではありません」
「ルーファス殿下……」
リアーナの言う通りだ。まずは状況が知りたい。
ヴィオレーヌがそっとルーファスの腕に手を添えると、彼は長く息を吐き出した。
「そうだな。クラークの暴言についても理由が知りたい。行くぞ」
ルーファスがヴィオレーヌの手を取って歩き出す。
玄関に集まっていた使用人たちも、ヴィオレーヌに向けて厳しい視線を向けていたが、ジョージーナたちがそれを牽制するように睨んだおかげか、罵声を口に出す人間はいなかった。
不機嫌を隠そうともせず、ヴィオレーヌたちの後ろをついてくる熊のような大男、アルフレヒトに恐れをなしているのもありそうだ。なまじ体が大きいので、怒っている顔をするとかなり迫力があるのである。
部屋に到着すると、ミランダが荷解きを放置してメイドにお茶を運んでくるように命じた。
一瞬嫌な顔をしたメイドを、ミランダが「不敬ですよ!」と叱り飛ばす声が響く。
ヴィオレーヌが敵国の姫であっても、王都を出立する前はこのようなことはなかった。
やはり留守にしていたおよそ四か月の間に何かがあったと考えてよさそうだ。
「それで、何があった」
ティーセットが出されると、ヴィオレーヌはこっそりと全員分の紅茶とお菓子に毒検知の魔術をかける。毒物は混入していない。
「厄介なことになりました」
リアーナが紅茶に砂糖とミルクを落としながら、声のトーンを落とした。
「王妃様に毒物が盛られたのは殿下もご存じですよね」
「ああ。鷹文で知った」
「その件ですが、毒を盛ったのはメイドでした。解毒薬が利かないかなり強力な毒で、殺害目的だったのは明らかです」
「そのメイドは?」
「もちろん捕縛し、尋問を行いました。その結果……」
リアーナはヴィオレーヌを見て、そっと息をついた。
「メイドは、ヴィオレーヌ様の指示で動いたと、供述しました」
「なんだと⁉」
ルーファスが腰を浮かせかける。
ヴィオレーヌがそっと袖を引っ張ると、彼はイライラしながら座りなおした。
「どういうことだ。ヴィオレーヌが何故母上を毒殺しようとする! あり得ないだろう!」
「あり得ないことではないでしょう? ヴィオレーヌ様は敵国の姫。ルウェルハスト国の王族に敵意を持っていても不思議ではありません」
「リアーナ!」
「と、多くの人間が考えます。クラーク殿下も……そして陛下も。今、陛下は非常にぴりぴりしておいでです。普段は温厚な方ですが、いつ、ヴィオレーヌ様を罰しろとおっしゃるかわかりません」
「あの……」
ヴィオレーヌは控えめに声を上げた。
リアーナが作ったような笑顔で、「なんでしょう?」と答える。
リアーナは頭ごなしにヴィオレーヌを糾弾したりしていないが、疑いを持っているのは明らかだった。彼女との間には、信頼関係を築く時間もなかったし、当然だ。
「メイドの供述があったのならば、その時点でわたしは捕らえられて罰せられてもおかしくなかったはずです。……こう言ってはなんですが、何故、放置されているのでしょう?」
疑われているのだ、王宮に戻ったタイミングでヴィオレーヌの身柄は拘束されていてもおかしくなかった。ルーファスが止めても、国王が決めたことを覆すのは難しい。問答無用で捕らえられなかったのは、国王がヴィオレーヌへの処断に迷っているからではないのだろうか。
リアーナは、一つ頷いた。
「意識を取り戻された王妃様が、ヴィオレーヌ様が犯人ではないとおっしゃったからです。ヴィオレーヌ様を罰しないでほしいと陛下に懇願され、王妃様の容体が小康状態なのもあって、陛下はしばらく様子見になさることにしたのです」
「そう、ですか……」
ヴィオレーヌは驚いた。
ジークリンデが、まさかヴィオレーヌをかばってくれるとは思わなかったのだ。
仲良くしようと言われたけれど、ヴィオレーヌが王宮にいた時間は短かった。すぐにダンスタブル辺境伯領に向けて旅立ったため、信頼は築けていないはずなのに。
「リアーナ、母上に会いたい。詳しいことは言えないが、ヴィオレーヌなら母上を治せる。父上を説得できると思うか?」
「正直、わかりません。陛下は今回のことにひどく心を痛めていらっしゃって、政も放置してずっと王妃様につきっきりです」
「ちょっと待て、政を放置、だと?」
ルーファスが目を剥いた。
ルーファスがジークリンデが倒れたと連絡を受けたのは一か月半前だ。つまり、一か月半以上、国王は政を放置していることにならないだろうか。いくら何でも長すぎる。
(戦後の大変な時に一か月半も政を放置するなんて……)
行政は今、混乱状態ではなかろうか。
ルーファスが青ざめ、リアーナに詰め寄った。
「だ、誰か代わりをしているんだろうな? 宰相か? それとも、クラークが……」
リアーナは緩く首を振った。
「いいえ。……代わりを務められているのは王弟、ファーバー公爵です。ファーバー公爵が陛下に自分が代わるので王妃様についているようにとおっしゃったと聞きました。……そのため、アラベラ様は、まるでご自分が王妃になったかのようなおふるまいで、お父上と一緒に、大半を城で生活なさっています」
「なんだと⁉」
(なんて頭が痛い状況になっているのかしら……)
道理で、アラベラの姿を見ないと思った。
ヴィオレーヌの姿を見れば嫌味の一つや二つ言うために顔を出してもおかしくないというのに、静かなのが不思議だったのだ。
「とにかく、ヴィオレーヌ様を連れて王妃様のお部屋に突撃するのはお控えください。……陛下を刺激しない方がいいと思われます」
「だが、ヴィオレーヌなら治せるのに……!」
「それが真実か否かは、わたくしにも、陛下たちにもわかりません。……いくら聖女様でも、大司祭様でも癒せない毒を、癒せるとは、わたくしにも思えませんもの」
ぐっとルーファスが口を引き結ぶ。
ヴィオレーヌは、そっと彼の腕を叩いた。
「殿下、ひとまず殿下は王妃様の様子を見に行かれてください。これからのことは、そのあとで考えましょう」
「だが、ヴィオレーヌ……」
「わたしにはわたしの護衛騎士がおりますし、ミランダも一緒です。わずかな間一人になっても、何かあったりはしませんよ」
大丈夫だから、と微笑むと、ルーファスが眉尻を下げてこくんと頷く。
リアーナが、おっとりと頬に手を当てて、ルーファスとヴィオレーヌを不思議そうな顔で見た。
何か言いたいことでもあるのだろうかと首をひねったが、リアーナは何も言わず、先ほどよりも警戒を解いたような顔で微笑む。
「それでは、わたくしは失礼いたします。……そうそう、お伝えし忘れておりましたが、おかえりなさいませ、殿下、ヴィオレーヌ様」
リアーナが優雅に一礼して部屋を出て行く。
ルーファスがくいっと紅茶を飲み干した後で、ヴィオレーヌの肩を軽く叩いてから立ち上がった。
「すまない。母上の様子を見に行ってくる」
「はい」
ルーファスが部屋を出て行ったあと、「くそっ」と言いながらアルフレヒトが壁を殴りつけた。
馬鹿力で壁を殴ったら壁が凹みそうなのでやめてほしかったが、イラついているアルフレヒトの顔を見ると文句も言えない。
「……面倒なことになったようじゃの」
アルベルダがはあ、と息を吐いた。
その声をきいたアルフレヒトが、びっくりしたように振り返り、そのまま腰を抜かす。
「ね、ね、猫が喋った‼」
どうやらアルベルダのおかげでアルフレヒトの怒りがどこかへ飛んで行ったようだと、ヴィオレーヌはぷっと噴き出した。
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