王都の異変 2
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「……本気でついてくるつもりか、アルフレヒト」
翌日、ダンスタブル辺境伯城の前にずらりと並んだ馬車の前で、ルーファスがあきれた声を出した。
昨日の今日で急遽王都に向けて帰途につくことが決まったというのに、すでに荷物の準備を終えて、騎士服に身を包んだアルフレヒトが立っていたからだ。
アルフレヒトは騎士の称号を持っているので、辺境伯領を出て騎士として勤めることも、王族に求められれば専属護衛になることも可能だ。
だからヴィオレーヌに一生ついて行くと豪語していたのであるが、彼が専属になることはまだ了承していないのに、どうやら強引についてくるつもりらしい。
「残党兵たちの尋問も終わっていないだろう。この状況で領地を離れていいのか?」
残党兵たちの尋問は引き続き辺境伯領で行ってくれる。
彼らを片道二か月もかかる王都まで連れて行くのは危険だし、はっきり言って労力の無駄だからだ。ただ情報を吐かすだけなら辺境伯領でも問題ない。
アルフレヒトは、大きく胸を張った。分厚い胸筋に、騎士服がはじけ飛びそう見える。
「父も兄もいますので問題ありません!」
問題がないわけではないだろうと、ヴィオレーヌはダンスタブル辺境伯夫妻に視線を向けたが、二人はもうあきらめたような顔をしていた。次男の暴走は今にはじまったことではないのかもしれない。
「言い出したら聞かぬ性分ですので、どうぞ、存分にお使いください」
なんて言われたら、ヴィオレーヌも断れない。
ルーファスも額に手を当てて匙を投げてしまった。
「ヴィオレーヌ、少々暑苦しいが、アルフレヒトの腕が立つのは本当だ。諦めて使え」
アルフレヒトが腕の立つ騎士であることは、一度手合わせをしたのでわかっているが、いいのだろうか。
辺境伯とは、侯爵と同等の高い身分だ。その次男である。
「わたしより、殿下の専属にした方が……」
「あれはお前に仕える気満々だ。というより、お前以外に仕える気がない。俺が命じたところで頷くはずがないだろう」
王太子の命令に否と答えるのもどうかと思うが、そういうことならヴィオレーヌも腹をくくるしかない。
「わかりました。アルフレヒト様――」
「どうぞ、アルフレヒト、と」
確かに専属護衛騎士を様付けで呼ぶのもおかしいか。
「わかったわ、アルフレヒト。どうぞよろしくお願いしますね」
ヴィオレーヌが折れると、アルフレヒトがぱあっと顔を輝かせた。
(うん、やっぱり大型犬っぽい)
決闘を申し込まれた時は面倒くさい男だと思ったが、忠犬だと考えると可愛いかもしれない。図体は熊のように大きいが。
「入院しているやつらも見送りに行きたかったと大騒ぎしておりました。俺がついて行くと言ったら、すごく睨まれましたよ」
ヴィオレーヌの許可が出たからだろう、アルフレヒトは軽口をたたいて笑う。
完治しても数日は様子見のために安静にしておくようにと言われた入院している兵士たちは、院長に見送りに行かせろと直談判までしたそうだ。
(……ごめんなさい、院長先生)
回復し元気になった兵士数十人に詰め寄られて、院長はさぞ困ったに違いない。
なんとなく、ダンスタブル辺境伯領の騎士や兵士が暑苦しいのは土地柄だろうかと思ってしまう。
「ジョージーナ、ルーシャ、今日からよろしく頼む!」
「はい。アルフレヒト様がいらっしゃれば安心ですね」
「少々暑苦しいけど、我慢します」
ジョージーナが苦笑し、ルーシャが軽口を叩いているのを見るに、護衛騎士たちの仲は大丈夫そうだ。
ミランダは「金にならないから興味なし」と言った様子で、せっせと馬車に荷物を積む指示を出していた。
「ポーションについては、スチュワートに話を通しておく。在庫が底をつくまでにはこちらに支店ができると思う」
「助かります」
入院患者が完治し、残党兵も討伐されたので、大量のポーションが必要になるほどでもないのだろう。スチュワートの商会が販売するとなるともちろん適正価格での販売になるが、湯水のように使うわけではないので問題ないそうだ。
(早く価格が落ちるといいけどね)
ファーバー公爵家が値段を下げない限り、一気に価格を落とすのは厳しい。スチュワートは少しずつ価格を下げるための誘導を行っていきたいそうだが、戦前のように大銀貨一枚で売られるようになるのはいつのことになるだろうか。
「それでは道中、どうぞお気をつけて」
「ああ。バタバタしてすまないな」
ルーファスに手を取られ、ヴィオレーヌは馬車に乗り込んだ。
急ぎ足になってしまったけれど、ここでできるだけのことはすませたはずだ。
残党兵の問題が片付いた今、滞っていた復興を急ぐこともできよう。
馬車がゆっくりと進みだす。
窓の外を見れば、ダンスタブル辺境伯夫妻とその長男が、いつまでも頭を下げているのが見えた。
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