病院視察と、これから 2
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ダンスタブル辺境伯領の城下町には病院が三つあるが、入院可能な病院は一つだけだという。
アルフレヒトが案内役を名乗り出てくれたので、彼に連れられて入院可能な病院へ向かった。
入院可能というだけあってとても大きな病院だ。
「病室の九割は埋まっているんです。入院患者は、負傷した兵士たちがほとんどです。季節性の風邪をこじらせて入院していた子供や年寄りもいたんですが、ヴィオレーヌ様が作成してくださったポーションのおかげで症状が回復したので大半が退院したそうですよ」
アルフレヒトはきらきらと鳶色の瞳を輝かせてヴィオレーヌを見た。
なんとなく大型犬を想像してしまう。
(この人、王都に戻るときに本気でついてくるつもりなのかしら?)
ヴィオレーヌに一生ついて行くと言い出したアルフレヒトは、ダンスタブル辺境伯の次男だ。本来であれば家督を継ぐ兄の補佐をする立場だろう。どこかで思い直してくれないだろうかと願っているのだが、ルーファスには「ああなったら無理だ」と言われてしまっているので、王都までついてくる未来はほぼ確定かもしれなかった。
馬車に揺られながらアルフレヒトの話を聞いていると、不意に口を閉ざした彼が、ヴィオレーヌを見て頬を染めた。
「そ、それにしても、今日のヴィオレーヌ様は艶やかですね。……い、いえ、いつもお美しいのですが、その……」
ドレスのことを言われているのだと察して、ヴィオレーヌは自分を見下ろした。
すると、隣に座っていたルーファスがぎゅっとヴィオレーヌの手を握り締める。顔を上げると、不機嫌そうに眉を寄せていた。
「人の妃をじろじろ見るな」
(何言っているの? この人……)
アルフレヒトに不躾に見られたりはしていない。
それを言うなら、さきほどの部屋でのルーファスの方がじろじろとヴィオレーヌを見ていた気がする。
「す、すみません。その、騎士服も凛々しくて素敵でしたが、そういうのもいいなあ、と」
「なにがいいな、だ。勝手に人の妃に『いいな』などという感想を抱くな」
無茶苦茶である。
ヴィオレーヌはあきれたが、ルーファスは真剣だった。
「褒めてくださっているのに、そんな風に言わなくてもいいじゃないですか。ありがとうございます、アルフレヒト様」
見かねてヴィオレーヌが口を挟めば、ルーファスがむっと口を曲げる。
「お前、さっき俺が褒めた時には何も言わなかったくせに……」
「…………それは失礼しました。ありがとうございます、殿下」
スタイルがいいから似合う、というようなことをじろじろ見られながら言われたので、礼を言うのも微妙に思えたのだが、言わないと面倒臭そうなのでヴィオレーヌは肩をすくめつつ言う。
ルーファスが満足そうに頷いた。
そんな話をしていると、馬車の速度が緩やかになり、やがて停車する。
病院に到着したようだ。
ルーファスが手を差し出してくれたので、彼の手を借りて馬車を降りる。
四階建ての、横に長い病院だった。
病院の玄関には、院長と思しき初老の男性と、数名の男女が並んでいた。忙しいのに出迎えに出てくれたらしい。
アルフレヒトがルーファスとヴィオレーヌを紹介すると、院長たちがその場に膝をついた。
「王太子殿下、並びに王太子妃殿下、ご足労頂きありがとうございます。……王太子妃殿下のおかげで、先日たくさんのポーションが届けられました。何と感謝申し上げていいか……」
アルフレヒトは現在九割の病室が埋まっていると言ったが、ポーションが届けられる前――つい一昨日までは、病室はパンク状態だったらしい。四人部屋に六人で使ってもまだ部屋が足りず頭を抱えていたそうだ。
ダンスタブル辺境伯領では一般市民はポーションが手に入らない状態だったので、少し体調が悪いと感じると、悪化を恐れて入院を希望する人が多かったらしい。
市民の不安もわかるけれど、風邪や食あたりで入院を希望されると病院としても回らなくなってしまう。けれどもポーションがないので、入院を受け入れて、安静にさせながら様子を見るしかない。中にはそのまま悪化する人もいて、長期間の入院する場合もあった。
その状態の病院に、残党兵と戦うたびに負傷した兵士が送り込まれてきて、一時は廊下にまで入院患者が溢れるような状態だったという。
それが、一昨日届けられたポーションのおかげで改善したそうだ。
ポーションで回復した患者を次々に返した結果、現在は病床利用率九割まで落ち着いたという。
それでも九割が埋まっているというのがすごいが、それだけ残党兵との戦いでの負傷者が多いのだろう。ポーションで治せないほどの傷なのだ。
通常、ハイポーションが手に入らず、ローポーションでも傷を癒すことができないほどの怪我を負った場合、衛生環境の整った病院で入院しながら定期的にローポーションを飲んで自己の自然治癒力を高めながら少しずつ回復するのを待つ。
手術などの医療行為を行うこともあるが、失血死の危険も伴うので、そういう場合も失血死のリスクを低減させるためにポーションが必要になって来る。
薬にしてもそうだ。
薬師が調合した薬を用いることも多いが、それは効きが遅く、症状が重くなればあまり効果が期待できなくなるため、薬での治癒が難しいと判断されればすぐにポーションが使われる。
ポーションは生活に必要不可欠な存在なのだ。
(それなのに、ファーバー公爵家のせいで流通がほぼ止まっているし、恐ろしいほどの高値になっているものね)
国民のことを何も考えていない悪魔のような所業だ。
「わたしがポーションを作ったことは内緒にしてください。あと、ポーションをお配りすることを決めたのは殿下ですから……」
ヴィオレーヌが作ったポーションは、スチュワートが興した商会経由で売るという約束をしている。ゆえにただでは配れない。無償配布があったのなら、それはルーファスがその費用を補填したということだ。
(あとでわたしに入って来る収入分を殿下にお渡しするとしても、全額の補填は難しいものね)
ポーションを売った場合、ヴィオレーヌに渡される金額は売値の三割である。
ダンスタブル辺境伯領で配られたポーション分の収入をヴィオレーヌがルーファスに補填するにしても、七割はルーファスの負担だ。もしかしたら多少なりともダンスタブル辺境伯が負担してくれるかもしれないが、全額ではないだろう。残党兵のせいで疲弊したダンスダブル辺境伯領には、そこまでの余裕はないと思われる。
「俺が決めたとしても配るポーションがなければはじまらないんだ。お前の功績だよ」
ルーファスがそう言って微笑んだ。
恥ずかしくなって視線を落とすと、院長が微笑ましいものを見たと言わんばかりに相好を崩す。
「それでは、病室の方をご案内いたしましょう」
院長がそう言って背を向けると、ルーファスがそっとヴィオレーヌの手を繋ぎなおした。
ここでも、手を繋ぐらしい。
(殿下はもう少し、わたしの心臓に配慮してほしいわ……)
とはいえ、ドキドキしますなんて口にできないヴィオレーヌは、大きく深呼吸をして、ルーファスと共に院長のあとに続いた。
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