残党兵たちへの違和感 2
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夜が明けてダンスタブル辺境伯城へ戻ると、城の玄関にはダンスタブル辺境伯夫妻が待っていてくれていた。
「殿下! 妃殿下! ご無事で何よりです……!」
ルーファスとヴィオレーヌが崖から落ちたという報告を受けていたのだろう。
無事だとも伝えられていたようだが気が気でなかったそうで、ルーファスの無事を確認した辺境伯夫妻は目に見えて安堵していた。
(まあ、王太子に何かあったら、領主としては責任を追及されるでしょうからね)
もちろん、心配していたのはそれだけが理由ではないだろう。
人のいい夫妻は、ルーファスやヴィオレーヌに対し、何度も「怪我はしていないんですか?」「医者を呼んだ方が」と言ってくれる。
「ポーションで治した。問題ない」
「ですが……その、ずいぶんと大きな怪我ではなかったのですか?」
服の破れ具合や付着している血の量から、ダンスタブル辺境伯はよほどの大怪我を想像したのだろう。
その想像は間違っていないが、ここではそれを肯定できない。
何故なら通常のポーションで癒せる怪我ではなかったため、それを肯定してしまうと「ポーションで治した」という言い訳が通用しなくなるからだ。
ヴィオレーヌが聖魔術を使えることは内緒だし、ルーファスに渡していた改良版のポーションの存在も世間には伏せてある。追及されると困るのだ。
「見た目ほど大きな怪我ではなかったんだ。もう完治している」
「そうですか。それならようございました」
崖から落ちてどうして軽い怪我ですんだのだろうと怪訝そうな顔をされたが、そこについてはヴィオレーヌが魔術を使ったことにしてルーファスが誤魔化した。
聖魔術は内緒にしているが、ヴィオレーヌが魔術を使えることは内緒にしていない。
ポーションを作る時点で、ヴィオレーヌが魔術を使えることはダンスタブル辺境夫妻にも報告済みだったのだろう。二人は納得したように頷いた。
「妃殿下は大魔術師様でいらっしゃるのですね。ポーションを一度にあれほど作られるのですからお力が強いとは思っていましたが、いやはや、あの崖から落ちても軽傷ですむとは……」
軽傷ではなかったのであまり持ち上げないでほしいが、訂正はできないので笑って誤魔化すしかない。
ヴィオレーヌが乾いた笑みを浮かべていると、隣のルーファスに肩を抱かれた。
不覚にも、ドキリと心臓が大きく音を立てる。
「すまないが、少し疲れているんだ。休ませてもらってもいいか? 風呂にも入りたいし、着替えもしたいしな」
「おお、そうでしたな! 大変失礼を。すぐに湯の準備をさせますので」
「助かる」
ルーファスに肩を抱かれたまま、ヴィオレーヌは使わせてもらっている客室へ向かった。
落ち着かないので肩から手を離してほしいが、離してくれる気配がない。
部屋の扉を開けると、ミランダがはじかれた様にソファから立ち上がって駆けてきた。
「ヴィオレーヌ様! と、殿下。ご無事ですか⁉」
「おい、俺をついでみたいに言うな!」
「殿下は殺しても死にそうにないからいいんです。怪我をしたんですか? その血は⁉」
「大丈夫よ、ミランダ。もう傷は癒えているから」
「そうですか、よかった……」
ミランダがほっと息を吐き出す。彼女にも心配をかけてしまったようだ。
それからミランダはヴィオレーヌの肩に回されているルーファスの手を見て、軽く首をひねった。
「殿下、ヴィオレーヌ様に肩を借りないと歩けないんですか?」
「これがそういうふうに見えるか」
「いえ、所有権を主張しまくっているように見えますね。何ですか? この短い間に何があったんですか?」
(所有権……)
そうか、これは所有権を主張されていたのかと、ヴィオレーヌは遠い目をしたくなった。
ミランダに追及されて、ルーファスが少し赤い顔をしてコホンと咳ばらいをする。その顔では何かあったと認めているも同然なのでやめてほしかったが、この状況では何も言えない。言えばミランダに根掘り葉掘り訊かれそうな気がしたからだ。
「ミランダ、着替えを出してほしいの。お風呂を準備してくださるそうで……」
「わかりました。どちらがお先に入りますか?」
まさか一緒に入るとは言わないだろうという目を向けられて、ヴィオレーヌはぶんぶんと首を横に振った。
「で、殿下が」
「ヴィオレーヌに先に使わせろ」
ヴィオレーヌが「殿下が先に」と言い終わる前に、ルーファスが言葉をかぶせた。
「いえ、殿下、わたしは汚れておりますので……」
「俺も同じくらい汚れている。いいから先に使え」
ふっ、と柔らかく目を細められて、またドキリとしてしまった。
自然な感じで甘い雰囲気を出すのはやめてほしい。
「わかりました。ありがとうございます、殿下」
「構わん、ミランダ、手伝ってやれ」
「もちろんです」
話している間にも、続きのバスルームに湯が用意されていく。
ミランダが着替えを出してくれて、ヴィオレーヌは彼女とともにバスルームへ向かった。
あちこち破れているルーファスの上着を脱ぐと、ミランダがギョッとする。ヴィオレーヌの服が大きく破れていて、真っ赤に染まっていたからだろう。
「ほ、本当に怪我は完治しているんですか?」
「ええ。ほら、ミランダにも上げた改良版ポーションで」
「改良版ポーション……」
ごくり、とミランダが喉を鳴らす。
頭の中でそろばんをはじいているような嫌な予感がして、ヴィオレーヌは慌てて言葉を付け足した。
「以前も言ったけど、あれは市場には出さないわよ」
「……出せば、ものすっごく大金で取引されると思いますよ。こんなに血だらけになるような大怪我まで癒えるとあれば、ハイポーションにも劣らないじゃないですか」
そのハイポーションと普通のポーションを混ぜ合わせて薄めて作ったとはさすがに言えないので、ヴィオレーヌは笑って誤魔化した。
これで、ヴィオレーヌが作ったハイポーションは瀕死状態でも回復可能で、モルディア国の神殿長が要取扱注意とまで言ったと知られたらどうなるだろう。
(絶対に言えないわね……)
ミランダには、ヴィオレーヌが聖魔術を使えることは教えていない。
いつかは知られるかもしれないが、そのときが来るまで内緒にしておいた方がいいだろう。彼女の頭はすぐに金儲けに傾くようだから。
侯爵令嬢であれば、本来ならばお金を稼ぐことすら知らないはずなのに、不思議なものである。兄のスチュワートの影響が強いのだろうか。
脱衣所でボロボロになった服を脱いで、バスルームへ入る。
バスタブの湯を汚したくなかったので、まず、洗い場で丁寧に体に付着した汚れや血を落とし、同じく汚れている髪を洗った。
ミランダが洗うのを手伝ってくれる。
全身を綺麗に洗ったところで、長い猫足のバスタブに横になると、ミランダが頭皮マッサージをしてくれる。疲れていたので、これが非常に心地よくて、うっかりすると寝てしまいそうだ。
「それにしても、殿下が妙に吹っ切れたような顔をしていましたが、ヴィオレーヌ様、殿下に好きだって言われました?」
「な――」
ボッ、と赤くなると、ミランダがくすくすと笑う。
「あー、やっぱり。殿下がヴィオレーヌ様を意識しているのはわかっていましたけど、なんかこじらせてるなとは思ってたんですよね。告白してすっきりしたんでしょうね。男って単純」
「ミ、ミランダ……知ってたの?」
「もちろんですよって、え? ヴィオレーヌ様、気づいていなかったんですか? あんなにわかりやすかったのに?」
「わかりやすかった、かしら……?」
ルーファスには嫌われているとしか思っていなかったので、まったく気付いていなかった。
ミランダによると、彼は以前からヴィオレーヌに好意を抱いていたように見えたらしい。
(そ、そうなのね。……うぅ、恥ずかしい……)
ミランダは優しくヴィオレーヌの頭皮をマッサージしながら、うーん、と少し考えこんだ。
「ヴィオレーヌ様が気づいていなかったのなら、それは殿下が悪いんでしょうね。……ヴィオレーヌ様は、殿下が先の戦で親友を亡くしていることを知っていますか?」
「知らないわ……。そうなの?」
「ええ。殿下の親友は、第一騎士団長の二番目の息子でした。殿下の側近で、同じ年でもあるので昔からとても仲がよくて、戦場では常に殿下を守るために一緒に行動していたんです」
昔を思い出したのか、マッサージをするミランダの手が止まる。
「彼は、殿下をかばって斬られました。もともと戦争を起こしたマグドネル国にはいい感情を抱いていなかった殿下ですが、あの一件以来、ひどくマグドネル国を憎むようになったんです。それは終戦してからも続いていて……、だから、ヴィオレーヌ様と会った当初は、殿下はヴィオレーヌ様に対して、かなり失礼な態度を取ったのではないでしょうか」
ルーファスがヴィオレーヌをエインズワース辺境伯城へ迎えに来てから王都に到着するまでの間のことは、ミランダにはほとんど話していない。
だから想像で話しているのだろうけれど、ミランダが言う通り、ルーファスと会ってからしばらくの間、彼はヴィオレーヌに対する嫌悪を隠そうとはしていなかった。
それはヴィオレーヌが彼の心臓と自分の心臓を繋いでしまったからだと思っていたが、それ以外にも深い理由があったのだ。
「わたくしはヴィオレーヌ様が嫁いでくると聞いて、少し安心していましたけどね。本当ならマグドネル国の第一王女が嫁いでくるはずだったんですけど、殿下がうまくやれるとは思っていませんでした。その点、モルディア国の王女であるヴィオレーヌ様なら、殿下も多少なりとも歩み寄ろうとするのではないかと思っていたんです」
(最初に殺されかけたなんて言えないわね……)
ルーファスにとっては、モルディア国の王女もマグドネル国の王女も等しく憎しみの対象だったように思う。
それがどうして、好きだと言われるまでに変化したのかは、ヴィオレーヌにはよくわからない。
(でも、そっか……。親友を失ったのなら、憎むのも仕方ないでしょうね)
もし、ヴィオレーヌが大切なもの――モルディア国の家族を戦争で殺されたら、ルーファス同様、ルウェルハスト国をひどく憎んだだろう。
憎い国の王太子と結婚しろと言われたら、ルーファスがヴィオレーヌにしたように、殺そうとしたかもしれない。
ミランダが頭皮マッサージを再開して、ヴィオレーヌはゆっくりと目を閉じた。
ヴィオレーヌは、モルディア国のためにここにいる。
けれどもそれだけではなく、夫となったルーファスにも、きちんと向き合うべきではないかと思った。
彼が、憎いマグドネル国王の養女としてではなく、ヴィオレーヌ個人を見てくれたように。
(夫婦、か……)
義務ではなく、ルーファスと「夫婦」として向き合う。
ルーファスが向けてくれる気持ちと同じものを返せるかどうかわからない。
だが、向き合わないのは失礼だと思った。
(それに……、わたしは、殿下のことは、嫌いじゃないわ)
不思議なものだ。
ルーファスは、ヴィオレーヌの命を狙い、一度目の人生は彼のせいで幕を閉じたというのに。
ヴィオレーヌは、ルーファスに触れられるたびにドキリとなる心臓の上を抑えて、小さく笑った。
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